Aちゃんとそのお母さんのように、互いの価値観の違いから姉妹母娘になれなかった母娘は、実は姉妹母娘と同じくらいいるのではないか。
特に、
「女の幸せは家庭にある」
ととらえるのが一般的な母親像だとされていた、私と同世代ないしそれ以上の年代の女性とそのお母さんにあっては。
Aちゃんに話を戻す。
男の子とサッカーに興じていても
「お嫁に行けないよ」
と怒っていたほどのお母さんだから、服装や持ち物、趣味、交友関係などにもうるさく、当然(?)、進路にも口を出してきた。
理数系の得意なAちゃんが大学で建築を専攻したいと言うと
「んまぁー、女が理系とは!」
と目を三角にし、またも
「お嫁に行けないよ」。
お母さんが自説を絶対に曲げないことはわかっていたので、「争って無駄なエネルギーを使うよりは」
と、お母さんが望む文学部に進学。それも、お兄さんと同じ大学にすることで、待望の一人暮らしを手に入れた。
文学部は文学部でも、Aちゃんは、得意の数学の素養が要求される分野を専攻。それなりに充実した学生生活を送ったけれど、建築への思いは断ち切れない。
そこで、就職してから夜間のインテリアスクールで学び、そこの先輩と結婚。
2人で設計事務所を始めた。
この結婚、ないし、ここから先も、
「女は私みたいに固い仕事に就いている甲斐性のある男と結婚し、その後は専業主婦になるべき。それが一番幸せなのだ」
と頑なに信じているお母さんとの間にバトルが繰り返され、
しこりは未だにあるとか。
Aちゃんは語った。
「母に悪意は全くない。むしろ私のことを愛してくれるからこそ、お節介を超えた余計な干渉をしてくるのだと、子どもの頃から何となくわかっていた。それだけに、母の期待を裏切るのは痛みを伴い、、、でも、私は私。母じゃない」。
ううむ、、、。
根が深い問題だ。
写真は、写真は、いぜんとして、邦題「恋とスフレと娘とわたし」から。(引用元 「映画-Movie Walker」より