治療は受ける側が納得してこそ。

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(注)9月6日に書いた記事。

 

夫、けっきょく大学病院に転院することとなった。

恐らく遠からぬ日に手術することになるので、また当面は「検査、検査」の日々だな。

 


並行して、セカンドオピニオンを受けた診療所も訪れた。所長は、以前の記事でも述べたように、長らく旧帝大系の医学部附属病院に勤務するかたわら、漢方やアーユルヴェーダ、日本の伝統医学、チベット医学などの研究もすすめ、退職後は自身の信念に沿った診療所を立ち上げた方だ。

 


いろいろとアドバイスを受ける。

結果、夫が望む形での手術を、治療者側(=病院)に治療を受ける側(=患者)が希望し、受け入れてもらえるよう話し合いをする方向でまとまった。

 


手術も含めた治療は、何より、当の患者側が納得した形で受けないと効果があらわれない。

その意味で、


「がんと診断された4月にすぐに切ってしまったら、こんなことにはならなかったのに」

との意見は、第三者ゆえの無責任かつ的外れなものだとわかる。

 


もう明かしてしまうが、娘婿のお父さんは、とある進行性の病に侵されていた。

そのお父さん、生前、家族に告げていたそうな。

「呼吸器をつけないと生きていけない状態になったとする。それは望まない」。

 


この願い。仮に、家族がお父さんに生きていて欲しい一心で、お父さんの意思を超え、身体も言語が効かないお父さんに無理に呼吸器を着けたとしたら?

お父さんは、、、どうだろう? その後、幸せになれたと思う?

 


写真は、娘と孫たちを楽しませてくれたペンギン。