
先だって書いたブログ中に、概説すれば、このようなことを書いた。
「AIを搭載したロボットデモンストレーターが登場したところで、われわれ人間デモンストレーターの仕事がなくなることはかんがえられない、、、その人間デモンストレーターが人間でないと出来ない仕事をしている限り」。
そうなんだよ。
AIは指示されたことを忠実に実行することは得意だが、予想外の出来事に対応したり、一対一の関係、すなわち個々に細かく気配りしたりするのは苦手だからねえ。
われわれと同じく「商品やサービスを売る」仕事でも、パターン化されたカップヌードルや土産物の販売はAIに代行出来ても、おのおの違うシチュエーションを持つ顧客を相手にする営業は人間でないと出来ない、とされるのは、そのためなんだよ。
で、このAIが苦手とする分野である分野、これって実は私たち高年女性、ズバリおばさんがものすごく得意とする分野じゃなくて?
「おばさん」と言うと、少なくともここ日本では
「厚かましい」
だの
「おしゃべり」
だの
「ケチ」
だの、さんざんけなされ、評判はよくないのが一品的だが、別の視点から目を向ければ、それは素晴らしい共感力とコミュケーション力の証拠であり、引いては豊かな人生経験の賜物である。
少々のことには動じない態度(厚かましさ)は、幾つもの人生の難場をくぐりぬけてきたからこそ身についたものであり、初対面の人とでも話が盛り上がる(おしゃべり)のは、人間関係を取り持つバランス感覚にすぐれ、人心の深いところにもすっと入って行ける受容力を要するおばさんならでは。
さらにら余計なことに金を使わない(ケチ)のは、家計を切り盛りし、複雑なタイプもいる親戚やご近所との交流をそつなくこなしてきたことで培われた合理精神のあらわれと取れる。
かくも素晴らしいおばさん力。
これを、自分のため、次代を担う愛しい子や孫のため、引いては広く世のために、活かさない手などありえようか?
おばさん力は、うまく使えば、自分も自分のまわりも明るくする、天照大神のようなパワーなのである。
これは、AIには、とうてい期待出来ない能力。
おばさんたちよ!
おばさんであることに誇りを持ち、もっと、堂々と、おばさん力を社会のそこかしこで発揮しよう!
写真は、快晴の春の空に舞うかもめ。
高く、強く、しなやかに、飛ぶ。
おばさんもこうありたい。