郷愁もおいしさのうち

f:id:ellenyannyan:20251203060403j:image

 

先だっての記事で、令和の現在においての柿の不人気、及びその理由について、私見を述べてきた。

もう少し引っ張ろう。

 


柿が不人気と言っても、それは、あくまで市場での売上高をメインにして判定した一般的な傾向。

「私は柿が大好き」

とおっしゃる方は、もちろんいる。ほとんどは柿や柿の木に郷愁感をも抱く高年の方で、なかには

「熟し柿の、あのねっとりとした甘味と歯触り。わけてもゼリー化寸前のものはたまらんわ。こんなに美味しい蜜を味わえるのかと思うと、心より生きていてよかったと感動に打ち震える」

と、過剰なまでの「柿愛」を公言してはばからない人も。

 


実は、我が夫もソノクチなのだ。子どもの頃、少なくとも庶民層には時代の関係で甘いものが手に入りにくい環境にあったそうで、そんな中、柿はスイカやブドウやイチジクなどの季節の果物同様、数少ないスイーツの1つであった。

そうした思い入れから、夫は毎年11月も終わりになるとメルカリで渋柿を取り寄せ、手ずから干し柿を作っている。

これも、郷愁感がなせるわざ。

そう! ある背景を持つ人にとっては、郷愁も美味しさのうちなのだ。

 


地味なイメージもあって、一部にコアなファンはいても大衆的な人気はイマイチな柿がメジャーな存在になりうる秘訣の1つが、ここにある気がする。

 


「郷愁=古き良き日本」の象徴的存在としての柿を打ち出すマーケティングを練り、柿を人気フルーツに押し上げよう!

 


写真は干し柿(Wikipedia)