ファンを増やそう

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かの九州産鶏の宣伝販売に心身をすり減らし、仕事仲間の一人に
メールで愚痴ったら、こんな返事がかえってきた。

「私たちの仕事の目的は販売だけではないはず。その商品を知って好きになってもらう、すなわちファンを増やすことも含まれると思う。ファンになってくれたら、その時はお買い上げ頂かなくても絶対にあとで買ってくれますって」

なるほどと頷いた。
店舗やメーカーがこの考えをどうとらえるか、それはひとまず横
に置いて。

九州産鶏もそうだが、京都は伏見に本社がある創味食品のつゆや
だしも、販売が易しくない商品だ。
理由の一つに高価格がある。
500mlで通常は550円前後。特価でも458円くらいまでしか値下
げしない。
そのぶん、風味は「さすが」と納得させるレベルなのだけれど、
はあ(溜息)、育ち盛りの子どもが数人いたり、一家の大黒柱の収
入が減っていたりする家庭では、やっぱりねえ……。

この創味のつゆやだし。気温が上がると、仕事をちょこちょこ依
頼される。
メニューは素麺が多い。先日に請け負った仕事では吸い物だった。
それも、珍しい「きゅうりのお吸い物」。

薄切りしたきゅうりと鶏ミンチを、規定量で薄めた創味の白だし
で煮立て、片栗粉でとろみをつけ、仕上がりにおろし生姜を載せ
る。
簡単に作れるし、冷やしても美味しいので、試食は飛ぶように出
て大好評だったものの、プライスカードを眺めると、大半の方が
目をクルクル。

「こんだけしか入っていないのに458円もするん? 普通の液体だ
しの倍以上やん」
「おっしゃる通り安くはないですね。でも、美味しいでしょう? 
素材からして違います。何と言っても、お客さん、創味ですから。
もともとは業務用のだしを作っていたんですから」
「そら創味さんがウマいのは知っているけど、おねえさん、この店
には1リットルで198円のだしも置いてあるで。それかて、決して
マズくないで。そこそこの味や」

こんな会話を幾度となくお客様と繰り返し、最終的には数本しか
残らない態度の売上高を示した。
意識の根底に、仕事仲間からの「ファンを増やす」の言葉があり、
そこに、私自身の八年前の体験がかぶさっていたせいだろう。

八年前。マネキンになって間もない頃。訪れた店舗に創味のつゆ
を宣伝販売しているおばちゃんがいた。確か、私の斜め前に立っ
ていた。
試食をしないお客様がほとんど(そんな店は多い)という背景もあ
り、売上は今ひとつ。おまけに、創味のそのつゆは今ほど知られ
ておらず、したがって価格だけで敬遠されていた傾向があった(そ
こでは)。

昼の休憩時間、おばちゃんは担当していた創味のだしを、私にプ
レゼントしてくれた。
「あまりにみっともない数字は報告書に書かれへんさかい、自分
でも三本買うたんや。これ、おすそわけ」
「えっ!? 自腹を切りはったんですか? これ、高いでしょ」
「高いけど、その値打ちはある。家に帰って使ってみて気に入っ
たら、親戚や近所の人にも宣伝してな。そういうのが、まわりま
わって、私らにくることもあるんや。創味のつゆの味を知ってい
る人が一人でも増えたら、店先で私らが売っているのを見て、美
味しいあのつゆが今日は安くなっているねと買うてくれる人も増
えるやんか」
プロの人だな。つくづく感じた。
「まわりまわって」のセリフに、視野の広さもうかがえた。

あのおばちゃんはどうしているのだろう?
マネキンになって五年経った時、私にも創味の仕事がまわってく
るようになった。
最初は「報告書に書けるだけの」数を売り上げるのに精根尽き果
てる状態だったが、次第に慣れ、難しさは難しさと受け止めつつ、
マイペースで仕事をこなせるようになった。

創味のネーミングだけで商品購入する人もいるようになった現在、
あのおばちゃんたちの頑張りに、心より敬意を表したいと思う。
おばちゃんたちがファンを増やしておいてくれたから、私のよう
な発展途上のマネキンでもこの商品をそこそこ売り上げることが
出来るのだ。