前回の記事で、私たちデモンストレーターの仕事において、「あおいくま」、すなわち「あ=あせるな」「お=おこるな」「い=いばるな」「く=くさるな」「ま=まけるな」のうち、「お=おこるな」と「く=くさるな」が特に難しいと述べた。
その具体的な例を示そう。
試食は限りなく出るのに、それに見合うはずの販売数は振るわないことで、我々の世界では有名な店での話。
「あー、もうイヤになってしまいます」。
店のバックヤードの一角に設けられた、デモンストレーターのための試食準備室に、売場から帰って来るたびにため息をつく同業者がいた。
もう五年か六年も前のこと。
恐らく、まだ二十代。鍋つゆを担当していた。
「こんなことを言っては何なんですが、ここのお客さんってニンゲンなんですかねえ? 信じられないですよ、食べ方がすごくエグい。そもそも鍋が出来上がってこちらが試食カップについでトレイに置く前に、早く食べたいのか、四方八方から手が出てくる。
子どもじゃありません。エエトシこいた、オッサンオバハンがするんですよ、、、」。
そんな様(さま)でも、販売商品の鍋つゆを買ってくれるなら救われると、彼女は語った。
「そうじゃない。カンペキ、タダで食べようとするコンタン。顔つきと目つきでわかります。あー、もうイヤになってしまいます。だって私、このままでは、今日の報告書、書けませんもん、、、午前中に巡回に来たメーカーの営業さんからは鍋つゆ60本は売るようにとハッパをかけられたのに」。
わかるねえ、その気持ち。
それでも、「お客さん」は「お客さん」。こちらがへり下りらないといけないのね。
やり切れないよなあ、全く。
だからと言って、ここでお客さんを「怒って」はいけない。
まして、そういうお客さんに曲がりなりにも対応してきた自分を「くさして」はいけない。
状況は変わらないどころか、気持ちのありようが表情や態度に出て、ますます悪くなる、、、なんて、こんなことを口にしたら「オバハンのコムスメへの説教」ととられかねないので、私はフンフンとうなづきつつ聞き役に徹し、その上で一つの提案をした。
「昼休みに、自分が本当に食べたいものを食べたら? 少しくらい値は張っても」
「えっ?」
「人は美味しいものを食べたり飲んだりしたらシアワセになる。シアワセになることを励みに、取り敢えず午前中は頑張ることが出来るやん」
「はあ、、、」
「そうしてシアワセになったら、きっと午後からは変わってくるよ。いや、お客さんは変わらなくても、お客さんへの自分の考え方とか接し方がね。美味しいものを食べてシアワセになる。これを目標に、お互い、午前中を乗り切ろう!」。
実は、この提案、「美味しいものを食べたり飲んだりしたら人はシアワセになります」との、前々からの我が定番販売トークを、とっさに販売者側に置き換えてみただけ。
なのに、効果は抜群だったのだ。