としをとったね、私も、試食魔さんも

幾度か我がブログでお伝えしたように、先週末の二日間は、超庶民派スーパーでヨーロッパ産の高級チーズと生ハムのデモ。
この店には私がデモンストレーターデビューした15年前からよく行っており、当時から私たちデモンストレーターの間では渾名(あだな)までつけられていた試食魔の名物おっさんがいた。

渾名(あだな)をつけられるだけあって、風貌といい存在感といい、際立って個性的。
彼を一目見るや、恐らく九割以上の人間は、二度と忘れないと思う。
おまけに、見事なまでに、いつも同じ服装。
暑くても寒くても、彼は彼のスタイルを頑ななまでに保ち、渾名(あだな)もここからつけられた。

このおっさん。一応は、店の買い物かごを持ったお客さんとしてあらわれる。
小狡そうな目をキョロキョロさせて試食を提供している現場を探し、見つけたら、チョコチョコチョコと、まるでネズミのような素早さでそこへ歩み寄る。
後は、お察し下さいませ。

食べることだけが目的で店内をグルグルまわって試食をする人を、私たちや店の従業員は「試食魔」と呼ぶが、おっさんはその典型とも言える食べっぷり。
自分のデモンストレーション現場に何度も来られ、試食品とは言え自分の立替金で作ったものを人の倍もその上も食べられた同業者の一人は怒り心頭に発し、おっさんに言った。
「あんた、食べるばっかりせんと、たまには買いィや」。
するとおっさんは口から泡を飛ばして自論をガンガンまくし立て始めた。

「何や難しい言葉も言うとったデ。アタマはけっこうエエんやろかね?」
くだんの同業者はバックヤードで私たちにことの次第を説明した後、尋ねた。
「かも知れんな。ウチもあのおっさんが新聞を読んでいるとこ、何回も見たワ。芸能やスポーツ新聞やない、ちゃんとした新聞やで」
と、別の同業者。
「そんな人が、どうして試食魔なんかになったんやろ?」
「ちょっとした弾みで道を踏み外し、そのままダーーーッと落ちていったんちゃうか?」

おっさん。先週末の二日間にもとうぜん店にやって来て、これ又とうぜん高級チーズと生ハムをデモンストレーションしている私のところにも、立ち寄った。
珍しく試食する前に口を開いた。
「おねえさん、食べてもエエか?」

「食べてもエエかなんて聞かんかて、オタク、いつもむっつりしたままパクパクやないの」と返したくなる気持ちを押さえ、
「ああ、別にかまいませんよ」。
おっさんは試食フォークを取り、食べ出した。
とたんに、うつむいたおっさんの頭が私の眼前にドーンと剥き出しになり、はっと胸をつかれた。
「この人、こんなに白髪が多かったかな? 黒髪フサフサじゃなかったかな?」

私がデモンストレーターとしてこの店に来てから十五年。
そこにおっさんが試食魔として現れてから十五年。
二人とも歳をとったのだ、、、十五年ぶん、、、確実に。

良いことも悪いことも含めて十五年。
過ぎ去ってしまえば、一瞬にも感じられる十五年。
時の流れは残酷で、逆らいようもない。
十五年後、私とおっさんは、やはりデモンストレーターと試食魔でいるのだろうか?