「もう3時だし、ええい、少し早く起きて朝を始めちゃえ!」とばかりに、寝床を這い出し、携帯アプリの「日記帳」を開いて、ブログにアップする記事を書き始めた。
それが、この記事。
写真は大阪市住吉区にある万代池公園。
かつて暮らしていた町、大阪は帝塚山にあった、ちょっとした名所。
我が家が全盛期(?)だった頃、男の子のワンコと女の子のワンコの二匹を連れ、毎朝この公園を散歩したものだ。
事情があり、「第一の財産整理」をして帝塚山を離れ、京都に越して来たのは、2003年だったかな、、、よく覚えていないけれど。
既に自営の旦那の仕事は傾いていたし、私も長年つとめていた会社をリストラされていたから大人側は問題なかったのだが、当時まだ高校三年生の娘は可哀想だった。
「教師になりたい」夢をかなえるべく、受験勉強に励む「これから」という時に親の都合で違う土地に行くことになったのだから(それでも、最終的に志望校の教育学部に合格することが出来たのは、幸運としか言いようがない)。
奇縁で、この近隣を訪れる機会があった。
過去は過去なんだが、気持ちの上で新たなスタートを切るためには、その過去と「感傷」ではなく向かい合わないといけない場合もあるわけで、、、時間を作って、かつての我が家付近に足を運んでみた。
変わっていたところもあり、変わっていなかったところもあり。
ただ、かつての我が家。私たちが出て行った後に入った家庭の方々の丁寧な暮らしぶりが外観側からもうかがえ、何故かしらとても嬉しかった。
「ふがいない私たちに代わり、この家を大切にしてくれて、ありがとう」。
心よりお礼を述べたかった。
人生はこんなものだろう。
こうして流れていくのだろう。
自分にとってのハッピー。死ぬまでの20年だか30年だか、求め続けたい。
もう他人(ひと)は、他人(ひと)に対しては我が身を省みず言いたいように言いがちなことは、60年生きてきて、そして、いっとき落ちまくって、身に染みているから。