やっと落ち着いてきた。
ことが終わってしまって、少し時間が立って、冷静にふりかえってみたら、
大したことではなかったんだな。
もっとも、ほとんどのトラブルはこんなもの。
そっ。静謐(せいひつ)そのものの山中の池に木の葉が一枚落ち、表面が
一瞬ざわめき立ち、ほんの少しうずを巻いて消えた。
この程度のもの。
発端は、デモメニューであるすき焼きに、どの肉を使うかということだっ
た。
担当商品はすき焼きのたれ。
だったら、いくらすき焼きに肉は欠かせないとしても、現場の畜産部門が
口を出す筋合いはないのだけれど……。
こんな時代だもの。メーカーはそりゃ経費を抑えたいわな。
「すき焼き用で、なるべくリーズナブルな価格の肉」を使えと指定するのは
当たり前。
そのメーカーに仕事をもらうエージェンシーも、メーカーに従うよ。
なのに、当日、現場の試食調理室ですき焼きに必要なすべての材料を切り
終え、それらを持ってデモ場所に戻り、さあこれから始めようとした時、畜
産の方から「待った」がかかった。
「この肉を使って下さい」
みれば、200g1500円。しかも、すきやき用ではなくソテー用。
「私らとしても、今日セールしているこれをガンガン売り込みたいものです
からね」
気持ちはわかる。
でも、店舗にそう言われたからといって
「はいはい」
と、私たちはすぐに従うわけにはいかないのだ。
必ず、エージェンシーを通してメーカーに許可をもらわないといけない。
それに、ああ、せっかく買ったすき焼き用の肉はどうなるの。
リーズナブルはリーズナブルでも、決して安くはないのよ。これを捨てろ
と言うわけ?
もったいない。
私は答えた。
「お肉はもう切ってしまったので。初回のみこれを使って、次からはそちら
が指定した肉を使わせてもらいます。すき焼きは試食がよく出るから、これ
は一時間もしないうちになくなりますよ」
これが畜産の責任者を激高させた。
「何で指示に従わんのや? ワシの言うことが聞けへんのなら、あんたとこ
の商品は今後いっさいウチには置かへんで。あんたにも帰ってもらう」
ちょっと!
私は店からは一銭もギャラをもらっていない。
ただデモの場所を借りているだけ。
そもそも加工食で来たのに、どうして畜産のあんたにえらそうに言われな
いといけないわけ?
プラス、200g1500円の肉なんて、立て替えるこちらの身も考えて欲しい。
組織の一員として仕方がない部分もあるのだろうが、それならそれで、もう
少し、思いやりを持った発言をして欲しい。
「帰ってもらう」
なんて、あんた、何サマなんかね。
確かに、すきやき用を作るならそんなに高い肉ではないかも知れない。
でも、すき焼きは、一度作るごとに肉を500g使う。
それが、一日四回繰り返されるのだ。
立て替え費用は、肉だけでも、ああ!
マネキンは販売業界で最低の地位。
「何を言われても、どうされても耐えるしかない」
こう話したのは、誰だったか。
すきやく