張ったような腰痛〜職業病か?

f:id:ellenyannyan:20240610211601j:image

 

連続勤務の後の、いつもの張りなんですけれどね、これは。

 

いつもであるからこそ、

「ああ、こんなもんね」

と、極めて冷静にかまえているが、今回はまことに辛い。

だって、立っていたら、歩いている時でも、腰部と背部に違和感があるもの。

無理して、シャンとしているような。

 


2日連続勤務の2日目の午後、明らかに腰と背中にだるさを覚え、じんわりとした不快な痛みが。

経営している治療院が定休日で、ゆえに日帰りツーリングに出かけている夫に、ダメ元で

「可能なら、今日の現場に(ツーリングの)途中で寄って欲しい。そして、そのままバイクで連れて帰って。バスと電車を乗り継ぐ普通の方法なら、バスも電車も本数が少ないから時間がかかるし、座席に座れない可能性がある。もう一分一秒でも早く帰宅して横になりたいんだよ」

とLINEで送ったら、即座に返信があり、私が定刻で退店すると同時に来てくれた。

おかげで、本来よりずっと早く帰宅することができた。

 


こんなにまでしてくれたのに、一夜明けた今日も、だるさを伴う背部から腰部にかけて「張ったような痛み」。

 


これって、立ち仕事ゆえの職業病かね?

 


写真は、京都府八幡市にある某大型スーパーの近くで撮ったもの。

青い空と白い雲と緑。

 


ごく当たり前の光景ながら、実は最高に幸せな光景。

デモンストレーションに付随する写真撮影に思う

f:id:ellenyannyan:20240605102936j:image

 

6月最初の仕事は、とあるフルーツのデモ。ぶっちゃけ、デモの実施方法といい売上高といい、デモンストレーター側にとっては担当フルーツと同じくらいオイシイ案件。なぜなら、試食提供法は(フルーツを)小さく切るだけだし、売上もデモ日が台風だったなどのよほどの悪条件に見舞われない限り、そこそこの数字を示すことができるからだ。

 

とは言え、やはり仕事は仕事。両手をあげて
「楽ちんだぁー」
というわけにはいかない面もある。
売場ないしデモ光景の写真撮影である。

 

くだんのフルーツの販売を仕切っている会社。試食も含めた宣伝には、デモ回数の関係もあり、当然ながら複数のエージェントを通す。
この複数のエージェント。デモに対する考え方も、基本は同じだけれど、細部には微妙な違いがある。
写真撮影の有無もその1つ。

エージェントAは、
「写真は撮れるようであれば撮って下さい」
のスタンス。
エージェントBは、
「写真は必須。売場の写真を正面、右横、左横、そしてデモンストレーター自身も写ったデモ光景と買取のレシート、合計5枚をデモ日の昼休憩中に本部に送って下さい。さらにデモ終了後には、エプロンなどのデモ資材を返送した時に宅配業者からもらう伝票の写真も送って下さい」
のスタンス。

 

少し気がきく方なら容易に想像されるだろう、、、デモを実施しながらの写真撮影はけっこう難儀な作業だということを。
しかも、エージェントによっては個人情報に非常にうるさいところがあり(この記事で述べているBエージェントではない。やはり写真撮影必須を義務付けている別のエージェント)、写真内に少しでもお客様の姿が仮に後ろ姿であっても不可として撮り直しを命じる。

 

万が一なにかの拍子に写真が外部に漏れるとも限らないとの理由からだろうが、実際問題として、お客様が絶えない繁盛店の場合はお客様なしの現場写真を撮影するのは、限りなく不可能に近いですよ。

 

そんなことやなにやで写真の撮り直しを何度もしていると、正直、肝心の宣伝販売の仕事に影響が出てくるんだよねえ。
まして、自分のデモ風景は、その日に現場として入った先の店の従業員にお願いするしかないから、本当に気をつかう。
皆が皆、喜んでスマホをいじってくれるわけではないし。

 

恐らく、デモンストレーター体験がない人は、
スマホが普及した現在、写真なんて、すぐに撮れるじゃないの」
と、思っているのだろう。

 

夫は、
デモンストレーターの仕事は商品の宣伝と販売のはず。写真撮影などは売場を巡回するメーカー営業かエージェント営業がするもん。やのに、営業員の巡回費用を節約したくて末端のデモンストレーターに押し付けているんやろ。それはおかしい」
と語る。

 

プラス、レシートと宅配便伝票の写真まで要求するなんて!
私たち、メーカーからもエージェントからも、よほど信用されない立場なんだね、、、。
正規雇用者、ズバリ、日雇いだから、仕方がない?

 

写真は1番上の孫。
昨日、6月4日が11回目の誕生日だった。
中学受験に向けるハードな日々の、束の間のレクリェーション。

「座頭市と用心棒」(1970年。日本。岡本喜八監督)

f:id:ellenyannyan:20240530085750j:image

座頭市と用心棒」(岡本喜八監督。1970年。日本)。

 

お馴染み勝新座頭市シリーズの中で、最大の観客数を動員、すなわち、1番ヒットした作品。
三船敏郎をはじめ、嵐寛寿郎若尾文子岸田森など、豪華キャストが勢揃いしているのも魅力。

 

(あらすじ)

望むと望まざるにかかわらず、保身、あるいは立場上の事情から人を斬って(=殺めて)きた、市(座頭市)。
そのことに疲れ、3年ぶりに、川がせせらぎ、梅の香りも豊かな、ある平和な村を訪れる。
ところがその村。ヤクザと化した小仏一家に支配され、荒み切った空気が(村の)そこかしこに。
市は、盲人独特の鋭いカンで異変に気付く。
そんな彼の来訪を疎んじた小仏一家は、用心棒(三船敏郎)を雇う、、、。

 

そこそこは楽しめたけれど、何と言うか、ストーリーの運びが今少しダラダラしている感が否めず、この映画の魅力は、やはり主演の勝新、そして日本を代表する俳優の1人である三船敏郎、さらに当代きっての美人女優の若尾文子、それぞれの体当たり演技だと思うのです。

 

写真はYahooより。

「スクール・オブ・ロック」(2003年、アメリカ、リチャード・リンクレイター監督)。

f:id:ellenyannyan:20240530081950j:image

スクール・オブ・ロック」(2003年、アメリカ、リチャード・リンクレイター監督)。

生活のためにニセ教師となった売れないロッカーと、名門小学校に通う、「大人の価値観で骨抜きにされた生徒たち」とが、ロックを通じて真のふれあいを体験し、共に変わっていく、コミカルにしてヒューマンな映画。
作中、ロック・ファンならお馴染みの曲が多数流れ、それも観どころの1つ。

 

(あらすじ)
バンドをクビになった挙げ句、ルームメイトとその恋人に滞納した家賃を払わないのなら(部屋を)出ていくように言われた、ギタリストのデューイ。
そんなある日、かかってきた1本の間違い電話から、ちゃっかり臨時教師になりすまして名門小学校へ。
そこで見た生徒の姿は、大人たちが決めた規則にがんじがらめになっているせいか覇気がなく、表情も冴えない。
音楽の授業で生徒たちに音楽の才能があることに気づいたデューイは、生徒たちにギターやキーボードを与え、演奏を教え、ロック魂までをも全身全霊で伝授する。
生徒たちは、とまどいながらも、デューイの「熱い授業」に次第に惹かれていく、、、。

 

主演のジャック・ブラックの体当たり演技と実際に演奏している生徒たちのパフォーマンスが素晴らしい!

 

写真は、「シネマ・トゥデイ」より。

実はとても幸せな亡くなり方

f:id:ellenyannyan:20240527221042j:image

 

一昨日は、京都府南部の長岡京市(都が奈良から京都に移るまでの期間、暫定的に都とされた地だ)で仕事。
担当は、ここ数年ブームになっている、質の高い睡眠機能をも加えた乳酸菌飲料


お客さんの数は多く、したがってざわついて空気も乾燥しやすかったはずなのに、アレルギー性の喘息症状が一度も現れなかったのは幸い。
こういう日もある。


振り返れば、父方の祖母は生まれてこのかた、病気らしい病気をしないまま若くして嫁ぎ、10人の子を産み(成人したのは8人)、88歳で亡くなる2日前まで、毎日クワをかついで畑に行き、元気に野良仕事にいそしんでいた。


ある日の夕方、
「どうも寒気がする」
と、珍しく早くに床に着き、そのまま逝った、、、まるで、木が静かに倒れるように。


こういう亡くなり方、実はとても幸せではないかと思う。


写真は、阪急長岡京駅近くのアゼリア通りで写したもの。

病は道連れ。人生の相棒。

f:id:ellenyannyan:20240523153807j:image

一昨日は2年前に大腸がんの手術を受けた夫の定期検診日。異常なし(すなわち転移もなし)。
ただ小さなポリープが1つ出来ていて、内視鏡により除去することになった。

 

術後も術前と同じように生活している夫。仕事をして、趣味の土いじり(園芸、苔玉、プチ盆栽その他)をして、毎朝ウォーキングをして、酒の肴にもなる大好きな漬物をてずから漬けて、専門学校在籍時の友人たちと一泊程度の旅行をして、アクションものやチャンバラ系のDVDを観て。

 

考えてみれば、病気は自分のカラダとココロが発するメッセージ。
だとしたら、道連れ。
なだめたり、すかしたり、時に教えられたり、時に互いに誤魔化し合いしながら人生を歩む相棒だ。

 

写真は、近所の人が
「もうずっとほったらかしで。よかったらもらって下さい」
と持ってきてくれた松の盆栽を夫が自己流で手入れし、流木や苔や石などを使って作った箱庭。

ブランドになる地とそうでない地

f:id:ellenyannyan:20240522195835j:image

今日は、よ◯葉ネタをしつこく引っ張るのではなく、そこから派生した、あるテーマ(課題と置き換えてもいい)について書いてみようと思う。


私たちデモンストレーターが関西でよ◯葉商品を宣伝販売する時には、商品の品質、特に味をPRすると同時に、産地である「北海道」を前面に押し出すのが、一般的なパターン。
なぜなら、関西人、いや北海道以外の地に住む人間の大半にとって、「北海道」はある種のブランドだからである。


これを、よ◯葉がお膝元(北海道)でとらえられているのと同じイメージ(高価ながらそれ相応の風味)を地元の京都で持つS味食品の商品を北海道で宣伝販売するとしたら、、、やはり担当デモンストレーターは味覚と共に「京都」をセールストークの中でプッシュすることだろう。
「京都」もまた京都人以外の人にとってはブランドなのだ。


北海道や京都以外にも、ブランドになりうる地域は、県にしろまちにしろ、さらに国にしろ、存在する。
ブランド理由は、風景だったり歴史だったりその地の特産品だったり、ここ数年では意図的に作り出されたご当地キャラクターだったり。


反面、ブランドになることが難しい地域もある。


とは言え、悲観することはない。
行政と観光をはじめとする民間企業や個人事業主、さらに最も重要な構成員である地域の住民ががっちりスクラムを組めば、活路は開けるはず。
そして、このことは、この国の将来にとっても、絶対に有益なはず。


何せ、SNSで、
「日本の中心は東京。(だから)東京に住むか、東京出身者以外の人間は、皆イナカモノ」
と堂々と投稿する人間と、それに賛同するオモロイ輩もおり、ぶっちゃけ、そんな人が現在の「東京一極集中=地方過疎化問題」を招いている一端を担っているんだからねえ。


写真は、よ◯葉のバターと北海道産のあずきを使った、あんバターパン。
近所のパン屋で買ったものだ。