仕事で感じた小さなフシギ〜下流老後は自己責任なのか?

拙ブログで、仕事場にお客さんとして来た、
「夜勤明けに飲むビールの1杯に元気をもらう」
と語ったおじいさん(と言うか、60代後半の初老の男性)を紹介したが、皆さんはどう感じる?

 

「そんな年になっても夜勤をこなさなければならないなんて気の毒だけれど、結局は自己責任だよ。どうせ気ままに過ごして来て、先のことを考えずに生きてきた結果だよ」
なんて、思う?

 

そんなタイプも確かにいるだろうが、大半の人はそうではないと、個人的には思う。
いわゆる普通にやってきた、少なくともそうなるべくトライはしてきた人たちなのでは?

 

それが、勤務先の倒産とか事業の失敗とか自分か家族の病気や事故とか災害の遭遇とか、人生のある時期で起こった、運も含めたボタンの掛け違いが尾を引いた。
そういうことなのだと思う。

 

ま、「自己責任」と断定してしまえば助かる方々がいるのも事実だよなあ、、、。

 

私としては、おじいさんのあの
「今はエエ時代や。レンチンすれば食べられるものがたくさんある」
のコトバに少し救われた気がする。

仕事で感じた小さなフシギ〜「冷凍チャーハンはなぜ味が濃いのか」から見えてきた課題

先月、久々に冷凍チャーハンのデモンストレーションを承けた。
業務内容は、他の冷凍もの同様、既に出来上がったチャーハンをレンジで解凍して試食用小皿に取り分けし、お客様に味をみていただくだけ。
ぶっちゃけ、楽な案件だった。


ただ、個人的に味付けが少し濃い気がしたし、実際に試食されたお客様にもたびたび指摘された。


最初の一口はよいのだ。はっきりとした醤油味で、ほのかなニンニク風味も香ばしい。
「美味しい」。
理屈抜きでコトバが出る。
それが二口目となると舌の上を転がる刺激がきつくなり、三口目となるとはっきりとのどが乾く。水気が欲しくなる。


おそらく、具材とご飯を炒めながら調味料を足して作っていく家庭チャーハンとは違い冷凍チャーハンは最初から米粒にまで味が染み込んでいるのと、長期保存のための材料などが入っているから、どうしても塩分が高くなってしまうのだろう。
そこで、
「濃厚過ぎて、なんか口の中でひっかかってしまうねえ」
などとおっしゃるお客様には
「とろけるチーズやスクランブルエッグを載せると、マイルドな味わいになりますよ」
と、付け加えることにした。


売上は、お客様数の割にはまあまあ。
年齢的に中高生くらいの子どもがいると推察される主婦を中心に、ガテン系らしい風貌の外国人、学生、週に何日か夜勤があると自ら語ってくれた初老の男性その他の方々が買ってくれた。


印象に残ったのが、
「今日は休みなんでスーパーに来たら、こうやってタダで食べさせてもらえるイベントがあった。ラッキーやわ」
と、ニコニコしながら試食皿を受け取って下さった60代後半(私の想像)のおじさん。
聞けば、工場勤めをしていると言う。
「人が足りへんさかい、こんなトシヨリでも夜勤があんねん。週に2日ほどやがコタエるなあ、、、。そんでもな、おねえさん、夜勤明けに冷えたビールをキュッと飲んでレンチンするだけで食べられる焼きそばやチャーハンなんかをガッツリ食べると元気出てくんねん」
そして、今ははエエ時代やと続けた。
「レンジさえあれば食べられるものがぎょうさんあるよってな。ワシみたいなトシヨリの一人暮らしでも困らへん」。


身に染みたセリフではあった。
塩分以外にもまだまだ栄養面で課題を残す冷凍食品ながら、必要な人には必要で、その需要は少子高齢化の昨今において多くなることはあっても少なくなることはあるまい。


だからこそ、メーカーにはますます望みたい。
少しでも健康によい冷凍食品を開発して下さいと。

仕事で出会った、いいモノ、いいヒト、いいハナシ〜京都の一乗寺とうふ

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先の記事で、POP内容がきっかけで、それまで名前を聞いたこともなければ、まして買ったこともない商品に興味を持った逸話を話した。
これと同じような体験が、実はもうひとつある。

 

京都市内で10店舗ほどチェーン展開する、あるスーパーを訪れた時のこと。
担当商品をデモンストレーションする場所の近くに豆腐売場があり、そこにずらりと並べられていた豆腐の数々の中で、ひときわ目を引いた豆腐があった。
「一乗寺とうふ」。
一乗寺というネーミングもさることながら(後述するけれど、京都の一乗寺には有名な観光名所が複数あり、麺好きにはラーメン街道と名付けられた嬉しいスポットもある)、添えられてPOPの文面に惹かれたのだ。
「一度食べるとやみつきになります」。

 

何の修飾句もひねりもない、失礼ながら至極平凡な一文なのに、いやでも読んだ者の心底にグサリとささるではないか。

「やみつきになる。ふむ、そんな豆腐なのか。いったいどのような味、香り、食感なんだろう?」
こう想像をふくらませる人は多いと思う。

 

そこの店の豆腐担当者に話を聞くと、毎日10丁も入荷しないし値段も豆腐の割には高い(通常の豆腐の倍以上の価格)が固定ファンがいるので夕方までにはなくなるケースがほとんどとのこと。

 

ますます試してみたくなった。

 

たまたまその業務日は客足が普段より少ない(何せ大雨だったからね)こともあって、仕事終了時に一丁だけ残っている幸運に恵まれ、望みをかなえることが出来た。

 

水切りをして手のひらに載せたところ、ズシリとくる(密度が濃いのだね)。
包丁を入れ、冷奴にすれば、一口目から豆本来の美味しさをたっぷり味わえる濃厚な風味が口中に広がり、絹豆腐なのに箸で掴めるしっかり感もあって、大満足。

 

皆さんの中で、今後、圓光寺や詩仙堂などを訪ねられる予定がある方(電車なら叡山電鉄一乗寺駅で下車)され、観光ついでに駅近くにある「一乗寺とうふ」本店にも寄ってみられたい。

ちなみに、遠い昔、何かの本に


「結婚したら豆腐みたいな夫婦になるのが良い。柔らかい豆腐は器に入れると四方にゆらゆらと揺れたりする。なのに、なかなか壊れないのは、角角がきちんとしているから」
と書いてあった。
すなわち、ある程度の融通さは認めつつも締めるところは締めておく。こういうことなのだが、けっこう当たっているかも知れない、、、豆腐に限らず石垣でも崩れにくい強固なものを作るには角がポイントだと言うしね。

 

写真は一乗寺とうふ。

仕事で出会ったいいモノ、いいヒト、いいハナシ〜韓国のチャメ」

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記録的な猛暑が続いていた2026年8月はじめ。
仕事で訪れた店の青果コーナーの片隅で、ふと眼前の棚に置かれていたマクワウリに似た果物に視線が止まった。
「チャメ(韓国産)」
と、プライスカードに品名と産地、そして価格が書いてある。

 

「チャメなんて、聞いたことのない名前だな」
と思っていたら、プライスカードとは別に添えられたPOPに、果実を横に切った断面らしきイラストと共に説明書きがしてあった。
「チャメは韓国では夏定番の果物です。タネもワタも美味しく食べられますよ」。

 

にわかに関心を持った。
「夏定番」とあるからには、韓国では日本人がスイカに抱くようなイメージで捉えられている果物なのだろう。
しかも、タネもワタも食べられるなんて、ゴミとして出る量も少ないわけだから環境にもいいし、後片付けも楽ちん。何より経済的ではないか。
一度、買ってみよう。
そう決めた。

 

家に帰り、さっそく食べてみた。
見た目と同じく、風味もマクワウリっぽい、というか、マクワウリそのもの。
水気が多いせいかあっさりしていて、甘味にクセがなく、香りもさわやか。猛暑日には本当に美味しいだろう。
さらに、ぬか漬けにしてもイケるのではないだろうかね。

 

そう言えば、ウリはスイカなどとならんで夏場にはよく食べられていたっけな、、、昭和40年代頃までは。映画「砂の器」にも、加害者を追跡すべく真夏の東北地方に出向いた刑事が、休憩時に汗をタラタラ流しながらウリを食べるシーンが、確か出てきたぞ。
きっと、水分を多く含むウリ科の作物の性質上、身体を冷やす作用もあるのだろう。

 

チャメは、日本でもっともっと知られて、販売されていい果物だと思うが、扱っている店舗が今のところ限られているのは、残念なことだ。

 

なお、今回のチャメの件ひとつとっても、商品を宣伝することは大事なんだなあと、あらためて感じる。
ネットでの動画であれ、紙のPOPであれ、店頭でのデモンストレーションであれ、時代に関係なく宣伝はマーケティングの流れの中で重んじられなくてはならない。

 

写真はチャメを半分に切ったもの。

休日のゴロゴロはエネルギー再生のもと

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朝夕はもちろん、まだまだ陽射しがきつい日中にすら、吹きぬける風には秋を感じるようになった、今日この頃。
だいぶしのぎやすくなったので、プライベートでの散策もしやすくなってきた。

 

ところが、私は11月まで仕事のスケジュールが詰まっているのと、年毎に現場に立つのが肉体的にキツくなってきていてそのリカバリーに手間取るようになってきているため、オフの日もなかなか外出する気にはなれない。

 

食事の支度や洗濯など、生きるために最低限のことを済ませたあとは、昼飲みのグラスを片手に、大好きな活字にふれながら、ひたすら家の片隅でゴロゴロ。
至上のひとときである。

 

さらに、気温が下がったおかけでエアコンをつけなくなったことと関係あるのか、夏のあいだ悩まされた夜中から夜明けにかけての咳喘息が嘘のようにおさまった。
今更ながら、空気の乾燥はのどに大敵なんである。
わけても、喘息の治療につきものの吸入剤がだんだん効かなくなってきていたおりでもあり、本当に助かる。

 

この吸入剤。実は喘息持ちの仕事仲間も服用していけれど、やはり私と同じように次第に効き目が薄れてきたと語る。
ん? カラダが薬に慣れてしまった?
花粉症や便秘薬や頭痛薬を繰り返しているうち効かなくなったという話はよく効くからね。

 

ともあれ、オフ時のゴロゴロは、老体にとっては新たなるエネルギー再生のもとなのだ。

写真は、1番上の孫(13歳)と末っ子の孫(7歳)。

女性のショートヘア。フェミニンなスタイルが2020年代風。

昨日に投稿した記事が反映されていない。

はてなブログの様式が変わったこともあるのだろう(今回のバージョンは、個人的には使いにくい)。

なので再投稿。

これで期待通りに反映されなかったら、はてなの事務局に連絡するなり、少し考えないといけないな。

 

再投稿。

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3ヶ月ぶりに美容院へ行った。
ここには、家が2度引っ越した後も、電車やバスなどを利用して10年近く通い続けている。


振り返れば、長年親しんだストレートロングの髪をバッサリ切って24年。リストラをきっかけにそれまでのデスクワークから接客業に転職した結果、実際にお客様の前に立つ前の身支度を簡素化したいことが理由だった(肩にかかる長さの髪は引っ詰め状にくくらないといけなかったのだが、これを毎回するのは率直な話、面倒)。


切ってみれば、想像以上に快適。髪の重量が減ったぶん身体も軽くなったように感じられ、フットワークも広がったものだ。
以来、ショートヘアはすっかり私に馴染んでいる。


ところで、私が若い頃、具体的には20代前半だった1970年代後半から80年代初頭にかけては、女性のショートヘアは、ぶっちゃけ人気のある髪型とは言えなかった。
「アクティブ」「さわやか」「若く見える」諸々のプラスイメージ以上に、「男の子みたい」「色気がない」「楽している(ロングよりショートの方がヘアケアの手間がかからないことから)」などのマイナスイメージでとらえる人が多かったのだ。
ゆえに、「男性受けしない」との見方もあった。


現在ではどうだろう。
一般に「女らしい」とされるロングヘアと引けを取らないほど「女らしい」ショートヘアは、珍しくないのではないか。
ちょうど、女性の7割ほどまでがスカートではなくパンツを身につけるようになっていても、そのスタイルが必ずしも「マニッシュ」ではなく「フェミニン」なものもたくさんあるように。


軽やかで、動いたり、しゃべったり笑ったりふくれたりと、顔の表情を変えるたびにチャーミングな揺れを見せるショートヘア。
そこには、女性でしかあらわしえない魅力があり、美しさがある。断じて「男の子みたいで、色気がなくて、手入れに楽をしている」のではないのだ。
2020年代のショートヘアは、基本的にフェミニンなのである。


要は、似合っていれば、髪の長さなんぞどうでもいいんだよね。
あの故ダイアナ妃もショートヘアだったけれど、彼女にとてもよくマッチしていたし、女らしさもじゅうぶんだったことは、万人が認めるところである。


写真はダイアナ妃(Wikipedia)。

女性のショートヘア。フェミニンなスタイルが2020年風。

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3ヶ月ぶりに美容院へ行った。
ここには、家が2度引っ越した後も、電車やバスなどを利用して10年近く通い続けている。


振り返れば、長年親しんだストレートロングの髪をバッサリ切って24年。リストラをきっかけにそれまでのデスクワークから接客業に転職した結果、実際にお客様の前に立つ前の身支度を簡素化したいことが理由だった(肩にかかる長さの髪は引っ詰め状にくくらないといけなかったのだが、これを毎回するのは率直な話、面倒)。


切ってみれば、想像以上に快適。髪の重量が減ったぶん身体も軽くなったように感じられ、フットワークも広がったものだ。
以来、ショートヘアはすっかり私に馴染んでいる。


ところで、私が若い頃、具体的には20代前半だった1970年代後半から80年代初頭にかけては、女性のショートヘアは、ぶっちゃけ人気のある髪型とは言えなかった。
「アクティブ」「さわやか」「若く見える」諸々のプラスイメージ以上に、「男の子みたい」「色気がない」「楽している(ロングよりショートの方がヘアケアの手間がかからないことから)」などのマイナスイメージでとらえる人が多かったのだ。
ゆえに、「男性受けしない」との見方もあった。


現在ではどうだろう。
一般に「女らしい」とされるロングヘアと引けを取らないほど「女らしい」ショートヘアは、珍しくないのではないか。
ちょうど、女性の7割ほどまでがスカートではなくパンツを身につけるようになっていても、そのスタイルが必ずしも「マニッシュ」ではなく「フェミニン」なものもたくさんあるように。


軽やかで、動いたり、しゃべったり笑ったりふくれたりと、顔の表情を変えるたびにチャーミングな揺れを見せるショートヘア。
そこには、女性でしかあらわしえない魅力があり、美しさがある。断じて「男の子みたいで、色気がなくて、手入れに楽をしている」のではないのだ。
2020年代のショートヘアは、基本的にフェミニンなのである。


要は、似合っていれば、髪の長さなんぞどうでもいいんだよね。
あの故ダイアナ妃もショートヘアだったけれど、彼女にとてもよくマッチしていたし、女らしさもじゅうぶんだったことは、万人が認めるところである。


写真はダイアナ妃(Wikipedia)。