高齢者の一人暮らし〜自分で歩けることを感謝

YouTubeを見ていると、主に東欧系の山脈の村で一人暮らしをしている80代90代の女性が、よく紹介されている。
動画を見ていると、ああいう方は、生活自体が「仕事」ということがうかがえ、ゆえに老け込む暇がないのだと思う。

 

それにしても、8090になって腰も曲がらず、畑を耕し、家畜の世話もし、自分一人だけのぶんではあっても家事をこなしているのは、単純にすごい。
まあ、われわれ都会生活に慣れている身のように
「ちょっと〇〇を切らしたからコンビニへ」
などというわけにはいかないから、野菜も自分で作り、ミルクも飼っている牛の乳を絞るんだろうし、火を炊くための焚き木も集めるんだろうけれど。

 

11月に訪れた京都市山科区に仕事で来ていた85歳の現役デモンストレーターも、足腰はシャン。
仕事がない日は家庭菜園をしている(メロンも作るそうだ)ことからも、その健脚ぶりがわかろうというもの。
足腰。自分で歩けることを感謝したい。

「私のようになり」と言われたけれど、、、

f:id:ellenyannyan:20260114182018j:image

 

昨年の11月だったか。

 

京都市山科区(京都市を構成する区の1つ。京都府の北東部に位置する滋賀県とは1番近い)にあるローカル・スーパーに、米を使った郷土料理の宣伝販売で訪れた時、鍋ものの宣伝販売のため大阪中南部のまちから来ていた85歳の同業者に会って昼食を共にし、雑談ついでに
「あんたも私みたいになり」
と言われた。

 

彼女の住むまちからそこのスーパーまでは、利用する交通機関にもよるが、片道ざっと2時間かかる。
そんな距離を、グリル鍋をはじめとする調理器具を詰めたカートを引きつつ、電車とバスで移動するのだ。
現在68歳の私ですら、脳裏にイメージするだけでゾッとする。
まして、85歳の身で、、、。
とてもとても自信がない。

 

しかも、仕事が休みの日は家庭菜園をしているとかで、どこまで体力があるのかと、素直に驚嘆する。

 

85歳で現役。
この仕事を始めたばかりの2004年、それに近い同業者がいて(当時の彼女は84歳。居住する大阪北部のまちから滋賀県北部の大型スーパーに毎週一度、冷凍食品のデモンストレーションで来ていた)、そのパワーに圧倒され、憧れたものだけれど、、、デモンストレーターの仕事が肉体的に辛くなってきた2年前から、そのことがどんなにすごいことか、辛くなったのが肉体なぶん、身に染みた。
「この仕事、70歳で一区切りしよう」
と思い始めた主なる理由ともなった。

 

その流れで、仕事をメインとする生活そのものを縮少する準備をすすめていたおり、この「85歳現役」さんに直に会い、また、他にも理由があって、さまざまな思惑が入り乱れる今日この頃なのだ。

 

繰り返す。
歩きながら、考えよう。

 

写真は、廬山寺で咲いていた梅の花

歩いた、歩いた、歩いた。

f:id:ellenyannyan:20260113164630j:image

1月11日は、歩いた、歩いた、歩いた、現在の我が居住地、上京(かみぎよう。京都市の中心部に位置する区域の1つ)のまち。

 

コースは、上京区内のゆうちょ銀行に置いてあった「京都 上京を歩く〜上京区散策マップ」の「京都御苑周辺を歩くプラン」が参考。
京都考古資料館をスタートに、白峯神宮室町幕府址碑、護王神社、菅原院天満宮へ。そこから、京都御苑を抜けて、清浄華院、廬山寺、梨木神社、おのおのを経たのち、ゴールの京都市歴史資料館まで、とにもかくにも歩いた。

 

昼食は、京都御苑内のベンチにて、持参した紅くるり大根のおにぎりを2個。
この時点で粉雪がちらついてきたが、あまり寒さを感じなかったのは、ウォーキングで身体が温まっていたから?

 

プランを終了したあとは、丸太町通りまで出て右折。当日おこなわれた女子駅伝の影響で大会のボランティア・スタッフやら警官やらが大勢いる中、堀川通りに向かった。
またまた歩いたわけだ。

 

歩きながら、目と耳に入ってくる諸々を見、聞き、考えた。
今までのこと。
これからのこと。

 

丸太町通りと堀川通りが交差する場所に建つスーパーで、ぜんざいを作るための小豆と砂糖を買って帰路に着く。
堀川通りを登るのだ。
4たび歩く。
やはり、歩きながら、見て、聞いて、考えた。

 

課題の答は出ない。

 

ただ、これだけは確か。

しばらくのあいだ、私は、歩きながら考えようと。
少なくとも、座ってじっと考えるより、よほど建設的な展開が期待できそうな気が、直感としてある。

 

写真は、白峯神宮にて。
ここには、鞠の神様もいるだけに、こんな球技関連のスポーツをしている人がお詣りによく訪れる。

歩きながら考える

f:id:ellenyannyan:20260111091617j:image

1月9日金曜日は初仕事。
担当商品は、麺つゆとしても鍋つゆとしても、また煮物やら炊き込みご飯やらの味付けにも使える、いわゆる汎用性のある液体出汁で、それだけ聞くと
「アラァ、応用が効くから、よく売れるでしょう? 販売、ラクでしょう?」
と捉えられがちなのだが、どうして。
現実はそう簡単なものではない。

 

なぜなら、汎用性があるぶん取り扱いのある店舗数も多いうえ、その商品がセールの対象とされている時には「買い溜め」している人が多いからだ。
これは、やはり万能調味料としても使える「焼肉のたれ」も同じ。
折しもこの物価高。
消費者の財布の紐はどこまでも固いのである。

 

午年の今年。馬のように、颯爽と前を向いて走りたいところだが、なかなかそうはいかない。

とりあえずは、このあと、まち散策といこう。
目の前に横たわるさまざまな課題。
歩きながら考えるのだ。

 

写真は、真ん中の孫と1番下の孫。

3日とろろ。

f:id:ellenyannyan:20260107150821j:image

生活上の事情から、年末年始に関係なく年中無休で働き続けた数年間があることは、既に述べた。


その生活上の事情がひとまず落ち着きを見せてからは、世間一般通りに正月休みを取るようになったが、それでもしばらくの間は一足先に正月気分を抜け出したい気持ちもあって、3日には仕事を再開していたものだ。


折よく、3日は「3日とろろ」の宣伝販売の仕事が必ずあった。


3日とろろ。日本の一部の地域(主に北関東や中部地方)に残る風習の1つ。正月の3日(中部地方では2日)に、だしで伸ばしたとろろ(山芋のすりおろし)をかけた麦飯を食べるのだ。

栄養豊富な山芋はよく伸び、また麦飯は食物繊維が豊富でビタミンも期待出来るところから、健康と縁起の良さを祈願する、とされている。


残念ながら、私が住む関西では知る人が少ない3日とろろ。それでも、試食を提供すると、素朴に美味しい上、お節をはじめとする豪華な正月料理に疲弊した胃にやさしく働きかけるから、毎年、好評だった。

もちろん、販売商品(とろろを伸ばすための白だしであったり、とろろの原材料である山芋だったり、麦を含んだ雑穀米であったり、その年によって変わる)の売れ行きも上々。

我々デモンストレーにとっては、人気な部類に入る案件ではあった。


2010年も半ばに入った頃から、徐々に宣伝販売しなくなったのは、何でだろうね?

ぜひ、また復活して欲しいものだ。


写真は3日とろろの日に食べられる、麦飯にとろろ汁をかけたもの(Wikipedia)。

 

時間(とき)は前にしか進めない〜今年のデモンストレーションは量より質で。

f:id:ellenyannyan:20260105161911j:image
f:id:ellenyannyan:20260105161907j:image

 

1番上の孫の中学受験対策のため、昨年に続いて今年の正月も娘一家の我が家への帰省はなし。
ただ、学問の神様を祀っている北野天満宮(京都市)への参拝ついでに、ほんの2時間だけ顔を見せてくれた。


文の前に掲載した2つの写真を見比べて欲しい。
どちらもも、いま話題になっている1番上の孫である。
2013年の9月。生後3ヶ月の孫と、2024年6月。12歳の孫。
あらためて、時間(とき)というものは前に進むもの、いや、前にしか進めないものだということが、よくわかる。


これは、誰にも当てはまる、残酷な真実。
美容研究家の故佐伯チズ氏が自伝エッセイに書いていた 「60歳を過ぎたら優等生もそうでない人も同じ。70歳を過ぎたら美人もそうでない人も同じ。80歳を過ぎたら金持ちもそうでない人も同じ」の比喩に通じるものがある。


そのことを踏まえ、今年のデモンストレーションは
「量より質」
を心がけたい。


現場に入る回数やそこでの売上高へのこだわりから、さらにワンステップ上がりたいのだ。

 

 

2026年の正月〜老夫婦2人だけも悪くない。

f:id:ellenyannyan:20260103213443j:image

2026年の正月が終わった。

 

昨年に続き、今年も1番上の孫の受験の関係で、恒例となっていた娘一家の帰宅はなし。
老夫婦2人だけの、静かな年の始めとなった。

 

元旦は京都御苑の散策と下鴨神社への初詣。
2日目は二条城見学。
そして3日目の今日は自宅でまったり。

 

まあ、いい正月だったのではないか。

 

写真は、暮れにパン作りを楽しむ3人の孫。