ステイホームで体重増。まずはマイナス2キロから。

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(注)4月13日に書いた記事。

 

最近、どうも膝の調子がおかしい。

夫から

「太ったんが原因とちゃうか。この前も、買い物帰りの姿を見て、どこの誰かと思った」

と指摘されたこともあり、体重計に乗ってみたら、あらあら「50」と出た。

 


50? 50キロのこと?

身長が160センチと少しだから、決して太り過ぎではないのだが、一人暮らしを始めた最初の一年と妊娠中を除けばずっと45キロ前後で、それがベストである私にとってはチョイ問題だ。

現に、感覚上であっても、膝に異変がおきているのは間違いないのだし。

 


多分、コロナ禍におけるステイホームの影響と、仕事激減による気分のダラケが原因だろうねえ、、、。

昨年の秋、喪服のスカートがきつかったわけだわ。

 


プラス、良くも悪くもあつかましくなり、若い頃のようにやたらと落ち込まなくなったことも原因だろう。

特に二十代初めの頃は自分に自信がなく、些細な事柄で落ち込んでは不眠に悩まされ、アルコール摂取の結果、体重が40キロを割ってしまったこともあったっけな(不眠はそれでなくても痩せる上、私はビールなり酎ハイなり水割りなどを飲むとそれでお腹がふくれ、食べ物があまり入らなくなる。これは現在も同じで、そのため、アルコールはそれだけではとらないようにしている)。

 


まあ、とりあえずはマイナス2キロの48キロを目指しましょうか。

そこから先は、膝具合と相談して。

どのみち、元の45キロに戻ったとしても、余計なところにニクやシボウがついたおばさん体型であることは免れないのだし、、、でも、持っている洋服のサイズを考えたら、戻した方が節約になるかなあ?

いや、50歳を過ぎたら敢えてワンサイズ上のものを着だ方が見た目はよくなると、ネット記事に書いてあったぞ。

 


ということで、マイナス2キロを頭に置き、まずは身体を動かそうね。

 


写真は真ん中の孫。

物事は準備から〜準備をおろそかにすると結果は出ない。

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(注)4月12日に書いた記事。

 

ズボラしちゃダメだな。
何に?
物事の準備に、ですよ。


どうしてもタケノコが食べたくなり、近所のスーパーで
「朝採り」
と、カラフルなポップで高らかにうたっているのを二本、買ってきた、、、高かったけれど。


ご存知の通り、タケノコは、煮物にするにせよ天ぷらにするにせよ炊き込みご飯にするにせよ、まずは下茹でをしなければならない。
すなわち、穂先とお尻の部分を取り、皮を剥いて縦に切り込みを入れ、ヌカか、なければ米のとぎ汁でコトコトと煮るのだが、これがけっこう時間がかかる。
もっとも、この過程をおろそかにすると、美味しいタケノコは味わえない。下茹でという、多少めんどうな「準備」を経てはじめて、次の段階に進めるのである。


昨日の私は、野暮用が山積していたため、この準備を疎か、正確には茹で時間をじゅうぶん取らず、結果として煮込み時間が長くなり、味がやや濃くなってしまった。
ま、これはこれで、細かく刻んでおにぎりの具にするけれどね、、、タケノコおにぎりは好きなメニューだし。


この失敗を仕事に置き換えると、どうか。
結果は日を見るより明らか。準備不足で見切り発車した案件がうまくいくケースは極めて少ない。


十五年のセールスマン生活の中で、一日平均六台の車を売り続け、「世界一のセールスマン」と称えられたアメリカのジョー・ジラード氏が書いたセールスの指南書は、実にその半分以上がセールスの前段階である「準備」にページを割かれている。
読んでみると、
「健康でいようとか服装をきちんとしようとか、今さら、こんなことが?」
と感じる「準備」が多い。
つまり、それだけ、もっとズバリ述べれば「今さら」の当たり前なぶんだけ、気がつかないうちについダラけてしまいやすいということなのだろう。


物事は準備から。
フィクションの執筆だって、まずはストーリーと並行したプロットありき、でしょ。
個々のシーンのセリフだとか細かい表現は、書き進めながら修正していったらいい。


料理も仕事も、イメージだけでもいいから大まかな設計図をえがき、それを実行に移す際には基本的なこと=準備は手を抜かないこと。


これは簡単そうで、実はなかなか出来ないことだ。


写真は一番上の孫。

料理も書くことも理科の実験〜非日常だから楽しい。

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(注)4月11日に書いた記事。

 

昨年の後半からしばしば話題にしている、我がフィクション。今年1月いっぱいで荒書きが完成したので、本書き(限りなく本書きに近い本書き)をしていっているのだけど、まあ、言葉を選んでいく作業はアタマを使うもんだねえ、、、と言って眠くなったりはしないところをみると、それなりに楽しんでいるんだろうが。

 

ともあれ、料理同様、理科の実験気分で取り組みますよ。つまり、非日常。
非日常なのだから、ワクワク感満載。多少ホネが折れることでも気にならない。

 

料理を実験ととらえるようになったのは、やはりこの宣伝販売の仕事に就いたことが大きい。
計量カップと計量スプーン、時にスケールやキッチンタイマーも使って調理をしていると、実験室にいる研究員のような気分になること、しばしば。

 

もっとも、そこから先の微調整には、数字データではなくカンを働かせることになり、そこいらが料理の楽しさではある。

 

写真は一番上の孫。
この子、本が大好き。毎回毎回図書室から限度いっぱいの冊を借りてきて、貪るように読んでいる。
その中には、科学の本もよくあり、本に書かれたことを実験している場合も多いよ。

ばあば、また来てねと手を振ってくれた孫たちに疲れも吹き飛んだ。

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(注)4月10日に書いた記事。

 

その昔は私もワーキングマザーで、1985年生まれの娘が乳児の頃より朝は慌ただしく保育所に送っていっていたから、令和になって3人のばあばとなった現在、娘一家のてんてこまいぶりはわかる。

 


この春から保育園に通うこととなった末の孫。

両親の代理であるばあば(つまり、私)と臨んだ、保育園デビューの入園式の日から、保育園に着くや大泣き。

 


一昨日も、保育園に着いたもののベビーカーを降りたがらないのを何とか降ろして抱っこ。

保育園の玄関まで連れて行き、靴を脱がせると、あらあら、泣きながら靴のところまで這っていって自ら足に履こうとする。

その必死の行為に、つい涙腺が緩くなってしまうのをこらえ、またも腰の悲鳴をごまかしつつ、身をよじって抵抗する孫を抱っこして階段を登り、クラスに。

 

 

ああ、これだけで、貧相なばあばの腰と膝、相当にやられている。

 


娘宅に帰宅しても、小二の上の子と4歳の真ん中の子と末のヤンチャなこの子のトライアングルなやりとりは実に活発で、正直、ばあばは肉体的についていけないことが多いのよ。

 


それでも、夫待つ京都の家に帰る時には、3人の孫、揃って立って、笑顔でバイバイしてくれた。


「ばあば。また来てね」

との言葉と共に。

 


写真は、3人の孫。

野菜ジュースの偉大さ〜理想と現実の乖離

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(注)4月9日に書いた記事。

 

今朝、娘婿は昨夜から職場に泊まりがけで不在。娘も早朝6時半で家を出たため、ばあばの私が1人で3人の孫に食事を食べさせ、着替えをさせ、歯磨きその他を仕上げ、それぞれ学校と幼稚園、そして保育園に送り出した。

 

朝食メニューは、3人ともパン(チーズやジャム乗せ)、野菜ジュース、フルーツヨーグルト。

かように簡単な内容でも、子どもはなかなか食べてくれず、あちらこちらにポロポロと食べかすをこぼし、踏み、でも、時間に制限はあるし、疲れたなー。

こんな中、あらためて、野菜ジュースの偉大さを知った。

 

大学などで栄養学だの児童学だのを教えておられる学者先生の中には、「朝食の大切さ」や「栄養バランス」や「朝食の習慣も含めた規則正しい生活」を力説されている方が多く、確かにそれらは理にかなっているのだけれど、実際に実行となるとなかなか難しいことなのよねー。

まず、学者先生方の大半がお薦めになる「サラダ」は、忙しい朝は作れないし、食べさせるのも難儀。

 

そこへいくと、野菜ジュースはすぅっと飲むだけで、野菜や果物の成分がある程度までとれるから、飲む方も飲ませる方もラク

なのに、

「野菜ジュースでは、肝心の繊維を全部捨ててしまうから、(飲ませても)意味がない」

云々と公の場でおっしゃる先生もいる。

 

うーん?

まあ、ある程度までは当たっているかも知れないけれどねえ、、、飲ませても意味がないなんて、それ、真実?

 

そもそも学者先生方の方々って、学問に邁進した結果としてかどうか知らないけれど、ご自分では子どもを育てた経験がない方がけっこういるね。

家事も、同居している実母か義母がそのほとんどを担っていたりして。

 

だから、いきおい、ああいう方々がマスコミなどでおっしゃることは理論倒れになる。

あくまで、学問としての立場から、または研究のために集計したサンプルの分析結果から、栄養学なり児童学なりを教授され、

「家族とは」

なんて、もっともらしい理想論を滔々とお説きになるのだ。

聞いている方は、現実との乖離にキョトンとしてしまう。

 

まあ、このことは育児に限ったことではないが。

 

写真は一番下の孫。

家事能力ゼロのリタイア夫を持っていたら育児支援も出来ない。

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(注)4月8日に書いた記事。

 

娘の夫のお父さんが亡くなり、それでなくても何かと慌ただしい中、通夜と葬儀。

 


小学校二年生を頭に3人の子を抱えた身で、今春から小学校四年生の担任をすることになった娘は、きりきりまい。

どうにもならず、片道二時間かかる町に住んでいる実母の私にSOSを送ってきて、前回の育児支援で筋肉痛から解放されて四日しか経っていない私は、またも娘宅にいる。

 


私は、夫が料理をはじめとする家事は一通り出来るタイプなので安心して家を後に出来るが、そうでない夫を持つ人は、子ども宅の急な依頼にどうこたえているのかしら?

知人のお姉さんなど、ご主人が家庭内のことは何もしない(=出来ない)人だったため、その点では苦労したと聞く。

「姪が話していた、母が私の家に泊まりで来てくれる時には、母はその分のご飯とおかずを三食分きちんと作って、タッパーに入れ、冷蔵庫に保管してから家を出るって」。

 


ううむ?

 


リタイアした男性のすべてがこうではないだろうけれど。

 


写真は孫たち。

確定申告〜納税額に仰天!

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(注)4月8日に書いた記事。

 

昨日、確定申告に。

時に税務署員の助けを借りながら手続きをすませたところで、弾き出された納税額を見て仰天!

ざっと、昨年の4倍の額だったのだ。

 


仕事自体は激減。だからこその持続化給付金だったのだが、これって課税対象なのねー。

しかも、仕事が大きく減ったぶん経費も大きく減るから、総売上は19年度より少ないのに実質的な売上はざっと倍なのよ。

その結果としての「4倍」なのだ。

 


となれば、市民税も同じくらい上がっていることだろう。もしかすると、4月後半に7日間いただいている推奨販売のギャラは、税金の支払いで消えるかも知れない。

 


こんなに高い税金。

オカミは何に使っているのかしら。

我が町京都でいえば、明らかに観光業への支援に偏重しており、前々から市民の批判のもととなっている。

 


それにしても、オカミはよく考えている。

時短要請や休業要請への給付金支給も、個人経営の店舗の中には

「棚からボタモチ。ラッキー! 車を買い替え、家族で温泉にでも行くか」

と浮かれているところもあると聞くが、考えて使わないと、来年の納税時に泣くぞ!

 


写真は末の孫。