仕事で感じた小さなフシギ〜なぜ「おいも、おいも、みんな大好きおいも」なのか?

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繰り返しになるが、さる10月13日はサツマイモの日で、我がデモンストレーター歴においてもサツマイモは何度か担当したし、その加工品(例えばサツマイモパン)となるともう数えきれないくらいだと書いた。

 

その体験から感じたことは、サツマイモが米の代わりになっていた戦時中の食生活がトラウマとして残っている人以外には、サツマイモは人気食だと言うこと。
ぶっちゃけ、「おいも、おいも、みんな大好きおいも」なのである。

 

なぜなのか?
全くの個人的推察ながら、それは、サツマイモは甘いけれど甘すぎないからだと思う。
ズバリ、後味がよいのである。 
実際、間違ってもメレンゲや昔の結婚式でよく配られた鯛型の砂糖菓子のようなくどさはないよね。

 

しかも、サツマイモの素朴な香りと食感は、どこかしら子ども時代に親しんだ童謡の世界を想起させるものがあり、自然と口に入る者をリラックスさせてしまう。

 

さらには食物繊維を豊富に含むなど、栄養素の面でも優れているとなれば、サツマイモを嫌いになる理由を見つけるのが難しいというものだ。

 

甘いけれど甘すぎない。
これは人間にも言えることで、甘さ=優しさは、それ自体は素晴らしいことでも過ぎるとかえって鼻についてしまうのではないか。

 

写真はサツマイモ。

 

仕事にからむちょっとイイ話〜命がけでサツマイモを伝えた男

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さる10月13日は今が旬のサツマイモの日。

 

振り返れば、我がデモンスター歴でサツマイモは何度か担当したし、サツマイモを練り込んだ加工品となるともう数えきれないくらい。
そこいらのことは別の記事に書くとして、ここでは皆さんに「命を賭けてサツマイモを故郷に伝えた」人の話をしたい。

私が小学校4年生だった1967年(あるいはその翌年の5年生だった1968年)に購読していた学研社の学習雑誌に載った小話である。

 

江戸時代、伊予(現在の愛媛県)の島出身で、全国の神仏を拝み遍歴していた下見吉十郎が、ある時泊めてもらった薩摩の家でとても美味しいものをご馳走になった。
薩摩の特産品サツマイモというイモで、痩せた土地でもよく育つのだと、家の主人は語る。
吉十郎は、貧しい自分のふるさとを思い
「これがふるさとの人々の口に入ることが出来たなら」
と、主人に種芋を分けてもらえないかとお願いした。

 

吉十郎の話に心打たれた主人は承諾。だが、課題があった。当時の法令では特産品を他の地に持ち出すことは厳禁で、発覚すれば死をまぬがれなかったからだ。
そこで吉十郎は、自らが彫った仏像の中味をくり抜き、その中に種芋を隠すことにした。

 

薩摩の国の境目にある関所で、果たして吉十郎は役人に問われた。
「その包みは何じゃ?」
「手前は諸国の神仏をお参りしている者で、これは手前の作った仏像でございます」
役人は訝しそうな顔で仏像を睨んでいたが、やがて
「よし。通れ」。
種芋は無事に薩摩を出ることが出来た。
そして、遠い伊予の小島の地の土中にサツマイモは確かに根を張り、万年飢饉状態だった人々を救ったのだ。

 

たかがイモひとつ。でも、こんなドラマがあったことを知ると、がぜん焼き芋や干し芋がありがたくなってこないか。

 

写真は下見吉十郎(Wikipedia)。
彼の名と功績はもっと知られてよい。

仕事で感じた小さなフシギ〜お金の呪縛からの解放は可能な範囲で自作することかも。

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昨週末、お菓子の宣伝販売で久々にイオンの某店(アミューズメント型)を訪れた。

 

イオンはイオンでも、この種の店舗は、仕事以外のプライベートな意味合いから少し気を引き締めていないといけない。
食料品メインの当のイオンの他、きらびやかなファッション専門店やおしゃれなカフェ、珍しいものを揃えた雑貨店などが立ち並び、さほど物欲がない私でも、昼休みなどに店内を歩いていると
「あ、これ、いいねえ!」
と方々に目が行き、つい財布の紐が緩みそうになることがあるからだ(幸か不幸か、今日日はスマホひとつで値段に関係なく大抵のものは買える)。

 

そもそも、アミューズメント型イオンって、来店者にカネを落とさせてしまう仕掛けが施設内のあちらこちらに散りばめられているよねえ。
お客様感謝祭やらナントカデイやらのセール日や、バレンタインとかハロウィンとかの季節にちなんだイベントがあった日は尚更だ。

 

つまり、私も含めた現在の人間は、基本的にお金に縛られているのだ。
結果、本来ならこちらが管理するはずのお金に反対に管理される、いやそれを通り越して支配されるようになってきている。

 

ところが、その日、仕事をしている最中にふと気付いた。
「いま私が宣伝販売しているこのシンプルクッキー。オーブンがあれば、粉と砂糖とバターだけで子どもでも作れるやん」
と。
さらに、
「ほぼ同じ材料でパウンドケーキも作れるやん」
と。

 

「だったら、作ってみてもいいんじゃないか」
こう思うようになるまで、時間はかからなかった。
「たぶん風味も見た目も市販品には及ばないだろうけれど、とにかく作れることは間違いないのだから」。

 

このことは、食べ物以外にも、例えば服や小物、日曜大工にも言えないか。
コートやスーツを仕立てるのは無理でもウェストゴムのギャザースカートやイージー・パンツなら、型紙を使わない作り方がネットでも公開されていることだし、不器用でも何とか縫える人は少なくないのでは?
日曜大工も、チョイ頑張れば、動画を参考にしながら100円ショップにもある材料で簡単な棚や表札なんかが作れるかも。

 

お金がないから好きな食べ物が買えないんじゃない。
お金がないから着たい服が買えないんじゃない。
お金がないから家具が買えないんじゃない。

 

出来る範囲で、まずは「自分で作ること」にトライする。
お金の呪縛から解放されるには、まずここからだと感じ始めた。

 

もちろん、うまく作れないことも多いだろう。
その時は、再トライするなり、自作を諦めて市販品を買うなり、あらためて考えたらよいのだ。

 

それに、作っている最中はどんなふうに完成するかなとワクワクしたり、工程の過程で予想外の展開があって驚かされたりするハプニングもあり、これはこれで一種の体験。
とらえかたによっては「お遊び」で、お金では測れないものかも知れない。

 

ともあれ、現状の意識のままでは、私たちは死ぬまでお金に苦しみ、お金に振り回される。

 

写真は最近釣りの楽しさを知った1番下の孫。
自分で魚を採ることも、自作につながるわなあ。

仕事で感じた小さなフシギ〜下流老後は自己責任なのか?

拙ブログで、仕事場にお客さんとして来た、
「夜勤明けに飲むビールの1杯に元気をもらう」
と語ったおじいさん(と言うか、60代後半の初老の男性)を紹介したが、皆さんはどう感じる?

 

「そんな年になっても夜勤をこなさなければならないなんて気の毒だけれど、結局は自己責任だよ。どうせ気ままに過ごして来て、先のことを考えずに生きてきた結果だよ」
なんて、思う?

 

そんなタイプも確かにいるだろうが、大半の人はそうではないと、個人的には思う。
いわゆる普通にやってきた、少なくともそうなるべくトライはしてきた人たちなのでは?

 

それが、勤務先の倒産とか事業の失敗とか自分か家族の病気や事故とか災害の遭遇とか、人生のある時期で起こった、運も含めたボタンの掛け違いが尾を引いた。
そういうことなのだと思う。

 

ま、「自己責任」と断定してしまえば助かる方々がいるのも事実だよなあ、、、。

 

私としては、おじいさんのあの
「今はエエ時代や。レンチンすれば食べられるものがたくさんある」
のコトバに少し救われた気がする。

仕事で感じた小さなフシギ〜「冷凍チャーハンはなぜ味が濃いのか」から見えてきた課題

先月、久々に冷凍チャーハンのデモンストレーションを承けた。
業務内容は、他の冷凍もの同様、既に出来上がったチャーハンをレンジで解凍して試食用小皿に取り分けし、お客様に味をみていただくだけ。
ぶっちゃけ、楽な案件だった。


ただ、個人的に味付けが少し濃い気がしたし、実際に試食されたお客様にもたびたび指摘された。


最初の一口はよいのだ。はっきりとした醤油味で、ほのかなニンニク風味も香ばしい。
「美味しい」。
理屈抜きでコトバが出る。
それが二口目となると舌の上を転がる刺激がきつくなり、三口目となるとはっきりとのどが乾く。水気が欲しくなる。


おそらく、具材とご飯を炒めながら調味料を足して作っていく家庭チャーハンとは違い冷凍チャーハンは最初から米粒にまで味が染み込んでいるのと、長期保存のための材料などが入っているから、どうしても塩分が高くなってしまうのだろう。
そこで、
「濃厚過ぎて、なんか口の中でひっかかってしまうねえ」
などとおっしゃるお客様には
「とろけるチーズやスクランブルエッグを載せると、マイルドな味わいになりますよ」
と、付け加えることにした。


売上は、お客様数の割にはまあまあ。
年齢的に中高生くらいの子どもがいると推察される主婦を中心に、ガテン系らしい風貌の外国人、学生、週に何日か夜勤があると自ら語ってくれた初老の男性その他の方々が買ってくれた。


印象に残ったのが、
「今日は休みなんでスーパーに来たら、こうやってタダで食べさせてもらえるイベントがあった。ラッキーやわ」
と、ニコニコしながら試食皿を受け取って下さった60代後半(私の想像)のおじさん。
聞けば、工場勤めをしていると言う。
「人が足りへんさかい、こんなトシヨリでも夜勤があんねん。週に2日ほどやがコタエるなあ、、、。そんでもな、おねえさん、夜勤明けに冷えたビールをキュッと飲んでレンチンするだけで食べられる焼きそばやチャーハンなんかをガッツリ食べると元気出てくんねん」
そして、今ははエエ時代やと続けた。
「レンジさえあれば食べられるものがぎょうさんあるよってな。ワシみたいなトシヨリの一人暮らしでも困らへん」。


身に染みたセリフではあった。
塩分以外にもまだまだ栄養面で課題を残す冷凍食品ながら、必要な人には必要で、その需要は少子高齢化の昨今において多くなることはあっても少なくなることはあるまい。


だからこそ、メーカーにはますます望みたい。
少しでも健康によい冷凍食品を開発して下さいと。

仕事で出会った、いいモノ、いいヒト、いいハナシ〜京都の一乗寺とうふ

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先の記事で、POP内容がきっかけで、それまで名前を聞いたこともなければ、まして買ったこともない商品に興味を持った逸話を話した。
これと同じような体験が、実はもうひとつある。

 

京都市内で10店舗ほどチェーン展開する、あるスーパーを訪れた時のこと。
担当商品をデモンストレーションする場所の近くに豆腐売場があり、そこにずらりと並べられていた豆腐の数々の中で、ひときわ目を引いた豆腐があった。
「一乗寺とうふ」。
一乗寺というネーミングもさることながら(後述するけれど、京都の一乗寺には有名な観光名所が複数あり、麺好きにはラーメン街道と名付けられた嬉しいスポットもある)、添えられてPOPの文面に惹かれたのだ。
「一度食べるとやみつきになります」。

 

何の修飾句もひねりもない、失礼ながら至極平凡な一文なのに、いやでも読んだ者の心底にグサリとささるではないか。

「やみつきになる。ふむ、そんな豆腐なのか。いったいどのような味、香り、食感なんだろう?」
こう想像をふくらませる人は多いと思う。

 

そこの店の豆腐担当者に話を聞くと、毎日10丁も入荷しないし値段も豆腐の割には高い(通常の豆腐の倍以上の価格)が固定ファンがいるので夕方までにはなくなるケースがほとんどとのこと。

 

ますます試してみたくなった。

 

たまたまその業務日は客足が普段より少ない(何せ大雨だったからね)こともあって、仕事終了時に一丁だけ残っている幸運に恵まれ、望みをかなえることが出来た。

 

水切りをして手のひらに載せたところ、ズシリとくる(密度が濃いのだね)。
包丁を入れ、冷奴にすれば、一口目から豆本来の美味しさをたっぷり味わえる濃厚な風味が口中に広がり、絹豆腐なのに箸で掴めるしっかり感もあって、大満足。

 

皆さんの中で、今後、圓光寺や詩仙堂などを訪ねられる予定がある方(電車なら叡山電鉄一乗寺駅で下車)され、観光ついでに駅近くにある「一乗寺とうふ」本店にも寄ってみられたい。

ちなみに、遠い昔、何かの本に


「結婚したら豆腐みたいな夫婦になるのが良い。柔らかい豆腐は器に入れると四方にゆらゆらと揺れたりする。なのに、なかなか壊れないのは、角角がきちんとしているから」
と書いてあった。
すなわち、ある程度の融通さは認めつつも締めるところは締めておく。こういうことなのだが、けっこう当たっているかも知れない、、、豆腐に限らず石垣でも崩れにくい強固なものを作るには角がポイントだと言うしね。

 

写真は一乗寺とうふ。

仕事で出会ったいいモノ、いいヒト、いいハナシ〜韓国のチャメ」

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記録的な猛暑が続いていた2026年8月はじめ。
仕事で訪れた店の青果コーナーの片隅で、ふと眼前の棚に置かれていたマクワウリに似た果物に視線が止まった。
「チャメ(韓国産)」
と、プライスカードに品名と産地、そして価格が書いてある。

 

「チャメなんて、聞いたことのない名前だな」
と思っていたら、プライスカードとは別に添えられたPOPに、果実を横に切った断面らしきイラストと共に説明書きがしてあった。
「チャメは韓国では夏定番の果物です。タネもワタも美味しく食べられますよ」。

 

にわかに関心を持った。
「夏定番」とあるからには、韓国では日本人がスイカに抱くようなイメージで捉えられている果物なのだろう。
しかも、タネもワタも食べられるなんて、ゴミとして出る量も少ないわけだから環境にもいいし、後片付けも楽ちん。何より経済的ではないか。
一度、買ってみよう。
そう決めた。

 

家に帰り、さっそく食べてみた。
見た目と同じく、風味もマクワウリっぽい、というか、マクワウリそのもの。
水気が多いせいかあっさりしていて、甘味にクセがなく、香りもさわやか。猛暑日には本当に美味しいだろう。
さらに、ぬか漬けにしてもイケるのではないだろうかね。

 

そう言えば、ウリはスイカなどとならんで夏場にはよく食べられていたっけな、、、昭和40年代頃までは。映画「砂の器」にも、加害者を追跡すべく真夏の東北地方に出向いた刑事が、休憩時に汗をタラタラ流しながらウリを食べるシーンが、確か出てきたぞ。
きっと、水分を多く含むウリ科の作物の性質上、身体を冷やす作用もあるのだろう。

 

チャメは、日本でもっともっと知られて、販売されていい果物だと思うが、扱っている店舗が今のところ限られているのは、残念なことだ。

 

なお、今回のチャメの件ひとつとっても、商品を宣伝することは大事なんだなあと、あらためて感じる。
ネットでの動画であれ、紙のPOPであれ、店頭でのデモンストレーションであれ、時代に関係なく宣伝はマーケティングの流れの中で重んじられなくてはならない。

 

写真はチャメを半分に切ったもの。