漢字が苦手なため、どちらかと言うと時代小説は敬遠しがちな私だが、感ずるところあって、古本屋で見つけた「江戸の商人力」(細谷正充編。佐江衆一、杉本苑子、平岩弓枝、山本周五郎他作)を読んだ。
かの赤穂浪士討ち入りを武器面から支援したとされる天野屋利兵衛が
「商人にも義がございます」
と、苛烈な取り調べにも屈せず示した商人の"義"(「命をはった賭け」佐江衆一作)をはじめ、9人の作家がえがく江戸の商人とその周りの人々をえがいた短編集だ。
特に、ラストを飾る「こんち午の日」(山本周五郎作)は、結婚三日目に妻に情夫と逃げられ、そのことを嘲笑されながらも、商品の工夫や客層の分析などの研究を怠らない豆腐屋、塚次の生き様を通じ、時代や職業を問わず真面目に仕事と向かい合うことの美しさを鮮やかに立ち上らせた秀作。
例えば、塚地が、行商に出ていて最初はよく売れたのに次第に利益が知りすぼみになっていった地域の贔屓客の1人に、
「おまえさんとこの豆腐はいいけれど、いつもかまぼこ豆腐とかがんもどきなんぞを持ってくる。その日暮らしの世帯で、とんでもない。みえを張らずに済むほうを呼ぶよ」
と指摘され、それを素直に受け入れて行商のやり方を変えることを思いつき、実行に移した点など、江戸の商人力にならう点はたくさんあるのではないだろうか。
余談ながら、山本周五郎の重厚な文章力は大したものだね。
短編なのに、この人の文章を読んだあとでは、近年の作家の文章が、良くも悪くも軽く感じられて仕方がない。