「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里 著)

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嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里 著)

 

ロシア語通訳者としても著名なエッセイスト、米原万里氏が、1960年から64年まで通った、在プラハソビエト学校での同級生3人の「その後」を追うことで、あらためて社会主義も含む共産主義(マルクス主義では社会主義共産主義への前段階としての体制とされている)とは何だったのかをも問う名著で、個人的には、著者の最高傑作だと思う。

 

父親が日本共産党の常任幹部だった万里氏は、小学校4年生の時にチェコスロバキア(当時の国名)の首都プラハにあったソビエト学校に転校。50ヶ国以上もの子どもたちと一緒に、ロシア語で全教科を学ぶこととなる。

 

特に親しくなったのは、勉強嫌いのおませなギリシャ人リッツァ、小さな嘘が多いもののどこか憎めないルーマニア人のアーニャ、少し陰りのある優等生にして芸術肌のユーゴスラビア(これも当時の国名)人のヤスミンカの3人。彼女たちとは、万里氏が帰国した後も手紙で交流が続いていたが、おのおのプライベートな事情もあり、いつのまにか途絶えてしまう。

 

それが、80年代後半、ロシア語通訳として活躍していた万里氏は、ソビエト連邦の崩壊をはじめとする社会主義国の変動をきっかけに
「リッツァやアーニャ、ヤスミンカたちは、この激動の中を無事に生き抜いただろうか」
と、かつての同級生たちの安否を気遣うようになり、その面影を求め、仕事の合間を縫ってかの地を訪れるように。
結果、、、。

 

本書の中では、基本的に「人民平等」であり、「富は民に公平に分配されるもの」とし、貧困や格差などのない「理想郷としての共産主義」を目指すはずの社会主義体制の中にも矛盾や腐敗があり、その恩恵にあずかった特権階級が存在していたことや、自ら内包する「東」コンプレックスが自分たちより更に「東」にいる国の人間への差別につながっていることも、明かされている。

 

万里氏は書いている。
「異国、異文化、異邦人に接した時、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。これは、食欲や性欲に並ぶ自己肯定本能で、それから自由になることは不可能」
だからこそ、おのおのの国、文化、人に対する想像力が必要であると。

 

なかなか重いメッセージを含む本だった。