報告書は果たして読まれているのか?

 食品の試食販売にしろ日用品の推奨販売にしろ、デモンストレーション
終了後に報告書を書かなければならないことは、既に述べた。
 そして、それが案外と手間がかかることも。

 そんな思いをして書き上げる報告書。
 仕事を発注しているメーカー側にきちんと読まれているのかどうか、疑
問に感じる時もある。

 以前に所属した派遣会社での仕事だし、その時の現場が既に無くなって
いるから、ここで話してもよかろう。
 マネキンになって二年目の夏。奈良の健康ランドでM社のもろみ酢を試
飲販売した際に感じた諸々である。

 いま振り返ると、私はひよっこだった。
 娘がまだ大学生で、夫の仕事もうまくいっているとは言えず、生活を背
負っていた。
 一円でも多く稼ぎたかった。仕事が欲しかった。
 だから、私の方で、健康酢の販売の難しさも知らず、その派遣会社のH
Pにアップされていた当のもろみ酢試飲販売のデモを目にした時、
「それって一週間連続で仕事があるんですよね。行く、行く、行くー」
 と、自ら望んだことは事実である。

 結果は、
「一日だけなら」。
 理由は、他の派遣社員が私が望む前にその現場を希望し、その時点で決
定してしまったからだと、人選担当者は説明した。

 翌日、その人選担当者から電話がかかってきた
「ある程度、年齢がいった人の方がよいとのメーカーさんの意向なので、
あなたに連続でお願いしたいのです」。
 この時は
「わわっ、ラッキー」
 と思った。

 ところが、いざ現場に立ってみて、これはとんでもない勘違いだったと
気づいた。
 「健康ランド」とは名ばかり。正直、風呂に入って、ビールを飲んで、
好きなものを食べて、ごろりと横になったりマッサージを受けたり、ケー
ムセンターで遊んだり、要は「くつろぐランド」である。健康に興味のあ
る人はいくらもいない。
 こんなふうだから、メーカー側が考えた
「おみやげにもろみ酢を」
 などと考える人は、まずいない。
「そこを買うように仕向けるのがあなたたちの仕事でしょう」
 と言われればそれまでだけれど、決して飲みやすいものではないし、高
いし、人は容易に財布を開かない。
 健康に興味がなければ、なおさら。

 それでも、景品で釣ったり、情に訴えたり、時にはいわゆる女の武器を
使ったりして(変なことはしていませんよ。目つきと声音)、何とか一定数
を売り上げた。
 一番の殺し文句は
「これ、生協でも販売しているんですよ。ご安心下さいな。そう奥さんに
話して、ご主人、こんなに値下げしているんですし、景品もつけますんで、
買って下さいよ」。

 報告書に、私は正直に書いた。
「このような場所でこの商品を売ること自体が疑問だ」。

 それなのに、半年後、メーカーはまた健康ランドでのもろみ酢の試飲販
売を企画し、私を指名してきたのである。

「ちょっと! メーカーは報告書を読んでいるんですかっ?」
 仕事依頼の電話に反論した私に、派遣会社の人選担当者は
「うーん? でも、この前、よく売ってくれたから、メーカーは指名して
きたと思うんですよ」。

 そんなことはどうでもよい。
 とにかく、私は、あの現場であの商品は絶対にミスマッチだと確信して
いたから、断った。

 健康ランドの事務所をしきっていたMなるおばはんにも二度と会いたく
なかったしね。