拝啓天皇陛下様

 寅年の今年、昭和の良き時代を象徴する映画の一つである「寅さんシリーズ」
が、再び注目されていると言う。
 寅さんと共に歳を重ねた世代にはもちろん、寅さんを演じた渥美清の生存中
をほとんど知らない十代後半から二十代前半の若者にも。

 傍若無人で、独りよがりで、時に無神経。それでもどこか愛嬌があって憎め
ない寅さんは、まさに渥美清のはまり役。彼のゲタのような四角い顔とシラス
ばりに細い目なくしては、あの独特の味は出せない。
 もっとも、そのことが渥美清の俳優としての幅を狭めたとする向きもある。
 実際、寅さん以外にもよい作品をたくさん残しているのだ。
 東京オリンピックの一年前の1963年に製作された「拝啓天皇陛下様」もそ
うだ。

 昭和初期の岡山の軍隊(当時は徴兵制度があった)が舞台。幼い頃に孤児とな
り、世の辛苦を舐めながら生き抜き、臭い飯を食べて暮らしたこともある、山
田正助ことヤマショウが主人公。
 入営した日、カタカナしか読めない自分に口を聞いてくれた、ただそれだけ
の理由から津山出身の棟本博(ムネさん)と仲良くなる。
 ヤマショウはムネさんに語る。
「雨露しのげて三度三度のおまんまを食わせてくれる軍隊は、俺にとっちゃ天
国」。
 そんな彼には軍隊特有の先輩の苛めもこたえない。自分たちに意地悪をした
先輩に仕返しをしようという同期生たちとの計画すら、いざ目前になると人の
良さが仇となり、果たせない。
 昭和七年。所属する隊を天皇陛下(故昭和天皇)がご視察に。
 生まれてはじめて「神」とあがめたてまつられていた天皇を見たヤマショウ。
鬼のごとき恐い存在をイメージしていたのに実際の天皇は優しそうな風貌で、
いささか気落ちしたものの、ヤマショウはこの日から天皇が大好きになる。
 その後に続く大東亜戦争と歩調を合わせ、ヤマショウが辿る悲喜劇人生は、
実はここからスタートしたと過言しても、おかしくないのだった……。

 笑いと涙の中に風刺を含んだ問題作。
 大多数を占めていたであろう無学で純朴な兵隊たちにとって、天皇の存在
はどのようなものだったのだろう?
 さらに、
「家で朝から晩まで百姓をしても麦かアワしか食べられないのに、兵隊に行
けば米の飯を食わせてくれる」
 と、入営を喜ぶ農村の若者も多かったという「事実」は?(私の父がこの例)。

 この映画、もっともっと多くの人に観て欲しい。
 識者によっては
「ヤマショウみたいな気弱で素朴な庶民を演じる時にこそ渥美清の俳優とし
ての真骨頂があらわれる」
 という意見もあり、寅さん=渥美清固定観念をくつがえすきっかけにな
るだろう。

 尚、ムネさん役を遠い昔の長門裕之が好演。激しい喧嘩をして絶好するこ
とはあっても、ヤマショウのことを常に心配しているし彼の良さをもっとも
理解している姿を、的確にあらわしている。
 
 それにしても、長門裕之ってイケメンだったのねー。
 渥美清は、年齢による容貌の変化をあまり感じないんだけれど。