マネキンへの道

現場に立っていて、店舗のパートさんやお客さんに、よく尋ねられる。
「私もマネキンをしたいんですけれど、どうやったらなれるんですか?」
 私は、こういう場合、所属する派遣会社の名前と電話番号を教えてあげることにしている。
「私の名前は伏せておいてね」
 と念をおした上で。

 マネキンへの道は、私の場合はハローワークの求人案内だったが、大半の方は現職マネキンの紹介と
求人雑誌やネットの求人広告がきっかけ。
 特別な資格や学歴、経歴は問われないし、現職マネキンの紹介なら履歴書すらいらないところもある。
 ただ、派遣会社によっては年齢制限がある。
 お菓子やお酒の推奨販売の場合、メーカーが若い女性を希望するからである。

 マネキンになる前の職業は、やはり販売や営業、飲食関係の自営が多い。
 ヘルパーや看護師、グラフィックデザイナー、アクセサリー製作者、陶芸家の弟子、和菓子職人、フ
ラワーアレージメント講師などという変わり種もいる。
 もちろん、主婦やフリーターもたくさんいる。
 学歴も義務教育を終えただけの人から、大学院博士課程で文学や心理学をおさめた人まで。
 要するに、誰でもなれるのだ。

 誰でもなれるから、ある意味、使い捨てにされ、社会的地位は極めて低い。
 もっとも、それがゆえに、この仕事に就かないと絶対に見えてこないものもある。

 私は、
「マネキンになりたい」
 と希望する人に、マイナス面は敢えて口にしないようにしている。
 そのようなことは、本人が仕事をしていく過程で気づいていくものだからだ。

 一般に、独立精神の強いタイプはマネキンに向いていると感じる。
 この仕事は基本的には一人でするものだから。
 現場に向かう時も一人。
 試食台のセッティングなど、仕事の準備も一人でする。
 とっさの場合、一人で判断を下さねばならないことも多い。

 それでも
「あたし、一人が苦手。誰かといっしょでないとお昼も食べられません」
 というタイプもなかにはおり、そういうマネキンは
「おばちゃん、お昼、私もいっしょしていい?」
 とか何とか話しかけてきて、業務終了後も
「駅までごいっしょさせて下さい」
 とくっついてくる。

 ここで言うのも何ですが、私は優しい部類に入る先輩マネキンのおばちゃんですよ。
 知っているのに知らぬふりなんてしないし、ゴミも自分のといっしょに捨ててあげることが多いし、
福引きで当たったお菓子なんか若いマネキンにあげてしまうし、勝手がわからずうろうろしている子
には「どうしたん?」と話しかけるし、手袋や包丁などの備品を忘れた子には自分のを貸してあげるし、
ま、お人好しではあります。

 その結果
「どうやったらマネキンになれるんですか?」
 と質問されることが多いのだと、自負している。