チリという国

 三月の初め、南米の細長い国、チリが産地のブドウを宣伝販売することとなった。
 大きめのレッドグローブと、やや小ぶりだが種なしのトンプソンドレス。どちらも皮ごと
食べられる。
 この際だからと、産地、ないしチリの情報を集めんと、ネットにアクセスした。

 どの国にも陽と陰の部分がある。
 そこは販売だから、陰は無視し、陽の部分のみをオーバーなまでにアピール。
「チリって、そんなに素敵な国なん?」
「そうですよ。そこのブドウです。このブドウから、ワインも作られるんです。チリワインっ
て聞いたこと、ありません?」
「いや、私はお酒は飲まないんで。でも、素晴しいところのブドウならエエもんやろねえ」
 ブドウはほぼ完売だった。

 この方法は、実はしばしば使ってきた。
 タスマニア(オーストラリア)産の牛肉、岩手県の小岩井牧場で搾乳し製造された乳製品、
三陸産わかめ、一昨日の佐賀県の地鶏。
 効果があるのよねー。
 自分の知らない土地に対する興味は誰にもある(だから人はリョコウな
るものをするのだ)。
 その土地がいい環境と知ったら!
 そこから来た食べ物だと、眼前に示されたら!
 お客さんのイマジネーションはいやがおうにもかき立てられる。

 チリに話を戻せば、私自身は、長らく強圧的な軍事政権のもとに置かれていた国、とのイ
メージが真っ先に浮かんでくる。人気ロックバンド、ポリスのスティングなど、この政権の
ボスである独裁者を皮肉った歌を作って当人におくりつけたくらいだ。
 虐殺されたり、拷問や強制収容所の生活で衰弱して亡くなった人はどれくらいにのぼるの
か?
 
 そういう陰の部分をも生き抜いた人たちの手がけたブドウだからこそ、なおのこと、愛お
しい。
 一粒、一粒、味わって、大切に食べてあげよう。
 生きたくても生きられなかった人たちの無念の思いが、ブドウを育んだ土地にはつまって
いる。

 食物も風土の一部。人と共に歴史のうねりの中を歩むのだ。