自慢するわけではないが、声をほめられることが多い。
インスタントコーヒー界において不動の地位を占めるN社の商品、ラテ
を担当した今日も、そうだった。
そもそも、今日の現場は
「試食(試飲)はものすごく出るけれど売れない。食べるだけ(飲むだけ)」
ということでは、関西では有名な店舗。
それにもかかわらず、少なからぬお客様が
「あなたは声が大きいし、よう通っているから、ほんまに美味しそうや」
と、買って下さった。
感謝感激である。
なぜなら、ハスキーボイスの私は、物心つくころより、ずっと自分の
声にコンプレックスを抱いてきたから。
特に、音大声楽科の講師も勤めていた高校の音楽の先生からは
「救いようもなく汚い声。腐ったような声」
と酷評された。
何でも、クラッシックの世界では、女性は地声を出してはいけなくて
裏声で歌わないといけないんだそうな。
だが、私はその裏声が出せないのだよ。
と言うより、好きじゃないんだな、ああいう声は。
想像してもごらん。
例えば、双葉百合子の「岸壁の母」を、裏声で聞かされたら、あんな
に感動すると思う?
第一、小唄にしろ長唄にしろ、日本の伝統音楽における声楽は「地声」
が基本ではなかったのかな。
もっとも、同じくハスキーボイスの友人は、音楽の歌のテストの時だ
けちゃっかり裏声を出して、いい点をかせいでいたが。
まあ、「歌う声と喋る声は違うよ。別のものだよ」
とコメントされそうだが、クラッシックの世界では悪声だが他の世界で
は私は美声なのだと、勝手に思い込むこととした。