声の日常性と販売


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ずっと疑問を抱いていた。
女性の歌手の声の出し方。
「演歌やジャズなど、ポップス系は地声で歌うのに、クラッシックは裏声で歌う。なぜ?」
と。

答は、耳鼻咽喉科医という、意外な方からもたらされた。
「女性の地声は、身体的要素もあってか、一般に響きがよくないんですよ。つまり、聴く側の耳にとっては美しいと感じられないんです。美と言う非日常を求められるクラッシックの世界に、これは致命的ですよね。そこで、響くために裏声が使われるんです」。
なるほど。

そこへいくと、ジャズや演歌に限らず、ロックでも歌謡曲でもブルースでもシャンソンでも、ポップスの世界に求められるのは、少なくとも「非日常」ではない。
むしろその反対。
美しくなくても、整っていなくても、聴き手が欲するのは自分たちと同じスタンスに立つ「日常」そのものであり、そこから紡ぎだされる「共感」である。
歌手が美声でないことは、クラッシックのように「致命的」ではないわけね。

その証拠に、ちょっと記憶を巡らせてごらん。
あなたが子どもだった頃から、しゃがれ声というかダミ声というか、ダーティな声質の人気女性歌手は、決して珍しくなかったでしょ。
一人だけ例をあげれば、いっとき社会現象になるほどブレイクしながら最近とんと噂を聞かない、宇多田ヒカルもそうだ。

このことを「販売」の世界に置き換えてみよう。
売り手である我々に求められているのは?
問うのもヤボ。
「共感」を軸とした「日常」。まさにポップスそのものだ。

私にとって声は長いあいだコンプレックスだった。
裏声が出せない(出さない)ため、いつも音楽の教師に
「汚い声」
と罵られ、成績はボロボロ。
まあ、つい20年くらい前まで、日本の音楽教育界は、クラッシックを最高峰に置いていたからねえ。
クラッシックを基準にしたら、そりゃあ、、、。

声にコンプレックスを抱かなくなったのは、この仕事に就く前に二ヶ月だけ、それも掛け持ち仕事の一つとして就いた電話セールスのおかげ。
セールス電話をかけた先から、よく言われたのだ。
「おたく、ええ声してはるねえ。聞いているだけで元気が出るわ。いや、セールスはごめんやけど」。

契約は一件もとれなかったものの、この時の体験がマネキン業に就く一因となった。

人生に無駄はない。
強く実感する。

写真は、昨日に訪れた現場(和歌山市)で撮ったもの。