あおいくま~あ あせるな 2「焦りは禁物」

 試食販売をすべく現場に赴いたら来ているはずのデモンストレーション器材が
届いていなかった。原因は何にせよ実際にデモを実施するマネキンに与える影響
は小さくない。何より精神面での焦りが大きい。

 前回の記事でこう書いた。

 実際、店舗担当者によっては、マネキン自身に責任はないとわかりつつ、厳し
く叱責する。
 特に開店と同時に客がなだれ込むセール日となれば、なおさら。

 五年前だったか。
 私は、某「ご当地カレー」をデモするため、大阪市内の某スーパーに入った。
ご飯をたくための炊飯器や米、そのほか試食に必要な器材はすべてメーカー側が
手配し、前日までに営業員が店舗に納入しているとのこと。
 いざ現場についたら、ない。
 どこをどう探しても、器材がない。
 派遣会社に電話して、メーカーに連絡をとってもらったところ、いま営業員が
器材をそちらに持っていっているところだと言う。
「高速が混んでいるらしく……器材が届くまでは口頭での推奨販売をして下さい」

 事情を知った店舗担当者は、露骨に眉をひそめた。
「この前も、そのもうひとつ前も、せやったがな。営業が遅れて荷物を届けよる。
どうなってんや? ふざけるのもええ加減にしいや!」
 彼の憤りはわかる。
 まず、時間に正確であることはビジネスの基本中の基本であるし、次にこのレ
トルトカレーときたら、一人前で四百円と決して安いものではないため、お客様
に実際に味を知っていただかないと販売しにくい商品なのだ。
 わけても、その日は月に一度のポイント五倍デーで、開店前から「早いもん勝
ち。売り切れご免」と売り出しチラシに掲載された卵や野菜を求め、お客様が行
列を作っていた。
 朝の遅れは痛い。
 目的の商品をカゴにおさめたお客様は、次には、チラシという他者から与えら
れた情報でなく自身のアンテナによる買い物、すなわち本来の意味での商品を購
買する行動に向かうからだ。
 
 開店四十五分も経ってに到着した営業員が持参した炊飯器で米が炊きあがった
頃(カレーはその間に別鍋で暖めておく)には、お客さんの波は引いてしまってい
た。出来上がったカレーライスを試食していただこうにも、お客様の数はまばら
というほどではないにしろ、パラパラ。
 おまけに、スタートが遅れたぶん
「しっかり声出しして、試食を大いに勧めて、取り返してな」
 と、メーカーも店舗も派遣会社も、デモを実施する私の尻をばんばん叩く。
 焦る。
 焦ると力む。
 力むと売れない。

 果たして、その日の売上は、決して悪くはなかったもののメーカーが示した目
標数に達しなかった。
 売場責任者は、報告書にサインする時、もう一度言った。
「規定の時間に仕事をはじめて欲しかったな。あのカレー、高いし、普段は全く
売れへんねん。こういう味を知る機会があって始めて、動く商品やねん」。

 おまけに、一連の事実を報告書に正直に書こうとしたら、ろくに現場体験もな
い派遣会社(当時)の事務員が
「私たちのギャラはメーカーさんから出ていますから、あまり本当のことは書か
ないで下さい」
 とぬかした。売上責任をこちらに押し付けてしまおうというコンタン。
 私の怒りは脳天を突き抜け、噴射した。
「私は、十時開店のところを、ご飯を炊く時間を計算に入れ、九時前に入店した
んですよっ」。

 現在振り返るに、売上が目標に達しなかった原因の少なくとも半分は私自身の
焦りにあったと思う。
「おこってしまったことはおこってしまったこと。時間は巻き戻せない」
 と割り切った上で、周囲が勝手に押し付けるプレッシャーなど大胆に無視し、
どんとかまえて、自分のベストを尽くすことに専心していれば、変わっていた可
能性が大きい。

 焦りは禁物。
 平凡だが、これにつきるのだ。