身分証明書のゆるい職場が最後の砦となる人もいる。

私がまだ高校生から大学生だった頃、テロ組織による企業爆破事件が連続しておこり、その容疑者の1人とされていたS・Kらしき男性がこのほど亡くなったニュースは、本題をそれたある別の面でも、我々の口をあんぐり開けさせるにじゅうぶんなものだった。

 


それは、彼が健康保険証はもちろん、銀行口座など、あらゆる身分証明書はいっさいなしで、某工務店にて、数十年も住み込み作業員として働いていたこと。

私の友人は、

「一昔前前ならともかく、現在の日本でもそんなことが出来るんや」

と驚いていたけれど、個人的にはさもありなんと思うね。

 


というのは、チラシ配りやイベント・スタッフその他の単発ものの仕事はまさにそうだし、私たちデモンストレーターの労働実態も、実はそれに近いのだ。

日雇いだからね、身分は。

ぶっちゃけ「人足」がそろえばいいんだよ、と内心で思っている雇用主もいないわけではない。

 


実際、私は4社のデモンストレーター派遣会社に登録しているが、面接時に身分証明書の提示を要求したのは、そのうちの1社だけだった。

残りは、履歴書と、お互いに必要な事項を確認し合うだけで終わり。

ネットで応募可能な現在では、履歴書提出や対面面接さえ不要な派遣会社やエージェンシーもあるのではないか。

 


この世には、常に労働力が足りない業界や職種が存在する。

そういう世界の求人は最近では主にネットで行われ、仮に自分はアナログでもスマホを持つまわりから情報をキャッチすることは出来る。

「毎日、あそこに◯時にいれば、現場に行く車が来る。ギャラはその日払いだ」

との仲間からの口コミを頼りに、実際にその場所へ決まった時間に赴いてみればなるほどそれらしき車が現れて責任者みたいな人間が降りてきた、なる話は時折り聞く。

で、責任者であろう人間は、いちおう集まった者たちを(目で)選別するのだが、中に

「どうもコイツは」

と感じたり、

「ちょいとワケありそうやな」

と思う面相があっても

「ま、エエか。今日1日ぶんの仕事さえしてくれたら。こっちは人がおれへんさかい」

と、そのまま現場に連れて行くケースは、少なくないのだそうな。

何ともイージーというか、ゆるいというか。

 


とは言え、このイージーでゆるい雇用が許される世界は、犯罪者ではなくても事情によりどうしても身分を明かせない境遇にいる人たちにとって、必要不可欠なのではないか。

最後のセイフティネットとなることもあり得る。