トラブルやクレームは

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金曜日。
京都府奈良県の境目あたりに建つ大型チェーン店で、冷凍食品のデモに励んでいた私に、
同店のパートさんが話しかけてきた。
「あんたとこのメーカーから昨日派遣されたマネキン、
ひどい人やったわ。
売上もさんざんで、チーフから『もう来んでええ』と怒られてん。
今日は昨日の不振を挽回するぐらいの気で、よう売ってや」

このようなケースはしばしばある。
我々マネキンが気をつけなくてはいけないのは、
店が言った内容をそのままには受けないこと。
表面は
「ああそうだったんですか。すみませんでした」
としおらしく頭を下げながらも、内面では
「それって、あなたがた店サイドの言い分よね。
同じように、マネキンにはマネキンサイドの言い分がある。
両方から話を聞かないと、こちらは何とも判断を下せないよ」

そうなんである。
トラブルやクレームは、考査してみると、
どちらかが一方的に悪いとは言えないケースがほとんど。
そのせいなのか。
本当に些細な事柄から発生する。

一番多いのは、メーカーと店、あるいはメーカーと派遣会社の連絡プレーミス。
「試食品はメーカー用意と聞いていたのに現場では商品買い取りを求められた」
「商品買い取り額の限度がメーカー側に示されているのに、
店はどんどん買い取ってどんどん試食を出せと言う」
「指示されていた商品ではなく、同じ会社が発売している別の商品のデモをしろと強要された。
店の担当者に話すと、ワシはそうは聞いていないと突き放すみたいに言われた」

次に多いのが、店とマネキン、双方の思い込みや誤解。
一つだけ紹介しよう。
仕事仲間の実体験である。

「声が出ていない。今すぐにデモを切り上げ、帰って下さい」
昼の休憩から帰ってくるや、彼女は店の担当者に告げられた。
「えっ」
彼女は目をしばたたいた。
決してそんなことはなかったはずだし、
百歩ゆずって、向こうにはそんなふうにとらえられたとしても、
何も昼休みが終わった直後に指摘しなくてよいではないか。
派遣会社に電話をすると
「実は、休憩から帰ったあなたがものすごくタバコ臭かったと、
担当者様よりこちらに連絡がありました。
帰される原因はそれなんです」

またまた彼女は睫毛をパチパチ。彼女はノンスモーカーだからだ。
「昼食を取った場所に喫煙者がいて、
その人の吐く煙の匂いが私の衣類にうつったんですね。
それを、私がタバコを過度に吸ったと、担当者は思い込んだんです」

三番目に、相性の良し悪し。
「仕事に人の好き嫌いを持ち込んではいけないよ」
確かに。
ただ、これが案外とバカにならない。

マネキンになって二年目の春、
私は伏見区の某店の某担当者と、デモのやり方をめぐって、
業務終了後に大口論をし、当時所属していた派遣会社の人選担当者に
「あの店には二度と行きません。アイツの顔を思い浮かべるだけでもムカツクんです」
と息巻いたけれど、これも結局は相性の問題だった。

担当者は、いわゆる支配欲が強いキャラ。
自分の思い通りに周囲の人間をコントロールし、
一挙一動を把握しておかないと気がすまないタイプだ。
正直、私は苦手なんだよね、この手のヒト。
歌手の和田アキ子の性格が大嫌いなのも、この理由による。
(和田アキ子の歌は好き。声量もリズム感も日本人離れしていて、スケールが大きい
歌唱を聴かせると思う。スローな「コーラスガール」なんて最高である)。

この時の彼とは、数年後に別の現場で再び担当者として会い、
当時の私がとある文学賞で受賞して気分が舞い上がっていた勢いで商品を完売したこともあり、
報告書に印鑑をもらう際に
「全部売ってくれてありがとう。また来てね」
とおほめの言葉も頂いたから、一応は仲直りをしたわけだ。

それに、彼もずいぶんと態度が丸くなり、物腰が柔らかくなっていた。
職業上の地位も以前に会った時よりは上がっており、
併せて人間的にも成長したのだろう。

世の中、合う人より合わない人の方が多いと、
開き直っていた方がよいかも知れない。
すべてに過剰な期待をせずにすむからだ。

また、「違い」を楽しむくらいの心のゆとりがあったら、
トラブルやクレームにも、精神的な揺れは最小限の範囲で
対応出来るはず。
マネキンの仕事自体ももっと面白くなるだろう。

外国の映画を観たり外国の歌を聴いていると
「この国の人はこんな時にはこんな言い方をするのね」
と感じることがよくある。
言い方が違うということは考え方も違うということ。
当然、気持ちのあらわし方も違うし、反応の仕方も違う。
行動もライフスタイルも違ってくる。
この発見が楽しい。

何でも楽しみ、イヤなことは、忘れなくても
(人間は、自分がしたことは容易に忘れても、されたことはなかなか忘れられないものだ)、
川にでも浮かべておいたらよいのである。

写真は鴨川。