万引きする人

15年も16年もデモンストレーターとして各地の小売店をまわっていれば、当然ながら、「へぇー、こんなこともあるんや」と驚く場面にも幾度か遭遇する。
その一つが、万引き場面。

何年前だったろうか。
ある小太りの中年女性のお客様が、「お姉さん、悪いけれど、ちょっと私もここにいさせてな」と、とつぜん私がデモンストレーションをしている横に、カゴを下げたまま並んで立った。
お客様は耳元でささやいた。
「実は私、警備員なんや、、、お客さんのフリして、万引きをチェックしてんねん。あやしいん人がいるんでね、、、。ここからなら、あの人の動き、よう見える、、、」。
「エエッ」と、彼女が伸ばした視線の先に私も目をやれば、六十代後半から七十代前半とおぼしき女性の後ろ姿。カートに上半身を持たせ、ゆっくりと進む。
中肉中背。白髪混じりのセミロングの髪、くすんだ緑色のカーディガンに茶色いイージーパンツ。
特に貧しくも、反対に特に豊かでもなさそうな、一見どこにでもいそうな高年女性。
あのおばさんが? と首を傾げた瞬間、側にいたお客さんに化けていた警備員は、さっと駆け出していった。
そのどこにでもいそうな高年女性のところへ。
後でわかったのだが、万引きの瞬間をとらえたのだった。

やがて迎えた休憩時間。
店内で昼食用の弁当を買って社員食堂に入れば、一角で、さきほどの「どこにでもいそうな高年女性」が、お客さんに化けた警備員の女性、店長、警察官の三人に囲まれて神妙にしている。
店長は甲高い声で怒鳴り散らしていた。
「やから、言うとるやろ? 認めぇや。ジブン(関西弁では対面相手のことをしばしば「ジブン」と呼ぶ)、とったやろ? 認めぇや」
店長がヒステリックになる気持ちはわかる。
万引きされたのが例え菓子パン一個であっても、流通コストを考えたら、損失金額を埋めるのは厳しいものがあるからだ。

似たような場面は、他店でも目にしてきた。
万引き商品は、率直なところ、しょーもないもの。
コロッケ一個とか、おにぎり数個とか、リップクリーム一本とか。
私が意外に感じるのは、万引き犯人がいかにもそれらしい=明日食べるものもない、といった印象の人ではないこと。
ホンマ、フツーの人なのだ。
それどころか、厚化粧の全身キラキラマダムだったりする。

エコ推奨ブームによるマイバッグ普及により、皮肉にも万引きは一段と増えたと聞く。
万引きをする人の心理は、しかし、マイバッグには関係なく、以前から変わらないはずだ。