もう六年前になるか、兵庫県城崎郡江原に、ヤクルトの仕事で行ったのは。
大雪の日で、お客様は少なかったが、私以外に、もう一人宣伝販売の人がきていた。
ご自身が経営する養豚場の肉をPRに来ていたのだ。
「私と家内、息子たちが、愛情を込め、手間ひまかけて育てたブタです。どうぞ、ご賞味下さい」。
その方は豚しゃぶを作り、お客様ひとりひとりに、試食を手渡ししていた。
昼の休憩時間、その方と雑談した。
「私の自慢はね、三人の息子が三人とも、家業の養豚を継いでくれたことなんですよ」
目を細め、頬を緩めて、話された。
あの嬉しそうな表情が忘れられない。
だから、仕事を終えた後、その方が育てた養豚場の豚肉を買って帰った。
店を出るや、朝にも増して、積もった雪。
駅がどの方向にあるか、わからなくなっていた。
通りすがりの女子高生二人組に駅の所在を尋ね、歩き出した。
数分後。異様な息づかいに、はっと振り向いてみれば、さきほどの女子高生の一人。
ハアハアと肩で息をし、頬を真っ赤に染めている。
「おばちゃん、ごめん。私の説明が悪かったわ。駅、そっちやないねん。こっち。ウチ、案内す
るわ」
涙が出そうになった。
単に道を尋ねただけの見知らぬおばさんのために、彼女は必死で後を追ってきたのだ。
もう二度と顔を会わすこともないだろうから、放っておいてもよかったのに。
きわどいところだった。
彼女に先に立って歩いてもらって駅に着いたとたん、福知山行きの列車が滑り込んできた。
福知山に無事に辿り着いたものの、やはり大雪で、京都行きの列車が大幅な遅れ。
結局、京都駅からの地下鉄最終便に間に合うギリギリの時間に、京都に着いた。
女子高生の機転がなければ、あの日、私は帰って来られないところだった。
こういう体験が出来るのも、この仕事のよいところ。
養豚場のおっちゃん。
女子高生。
今もはっきり覚えている。