比叡山坂本でのタンタン鍋の仕事

オフ二日目の今日。昨日はゆっくりしたので、今日は出かけてこよう。

 二月一日から派遣会社Aの仕事は、京都支社が閉鎖されたため、大阪本社から直々に依頼されることとなる。
 その第一回目が、平和堂比叡山坂本店での、エバラのタンタンゴマ鍋のもとのデモ。

 同社のこの鍋のもとには思い出がある。
 マネキンになって十ヶ月くらい経った頃、マルちゃんで知られる東洋水産の商品「鍋ラーメン」の宣伝販売を請け負うこととなり、協賛としてエバラの同商品が選ばれたのだ。
 当時は発売されたばかり。瓶に入った、水で薄めるタイプのものだった。

 エバラには悪いが、鍋の評判は今一つで、鍋ラーメンの売れ行きも伸びなかった。
 だって、タンタンのスープって、好き嫌いがあるよね。キムチ鍋のスープほどではなくても唐辛子が効いていることは確かだから、幼児やお年寄り、辛い系が苦手な人は敬遠してしまう。
 匂いも色も個性が強い。
 午後三時まで様子を見た結果、デモに付き添っていた東洋水産の営業の判断で、鍋をタンタンから豆乳に変えた。
 そうしたら、鍋ラーメンも売れ始めたのだ。

 つくづく感じた。
「売るのがあくまで鍋用のラーメンなら、あまりにクセのある鍋つゆと組み合わせるべきではない」

 さて、今回。
 発売から丸六年以上が経過して認知度も増し、形式も瓶入り希釈型からパウチ入りストレート型に変化した。
 それでも、タンタンゴマ鍋は好き嫌いがはっきりと分かれた。
「ピリピリする」
 皆さん、そうおっしゃる。
 この「ピリピリ」に対する評価で、買うか買わないかが決まる。

 とすれば、私たち販売員の役割がおのずと明らかになる。
 後押しをしてあげたらよいのだ。

「辛い」「喉にヒリヒリくる」と言いながらも、お客様は唐辛子が入っている以上は仕方のないことだし、それが身体を暖める効能があることも知っている。
 そこで、
「寒い日が続いていますからね。こんな鍋を食べると身体がほかりほかりしてきますよ」(「ほかほか」より「ほかりほかり」とあらわした方が、鍋を囲む温もりのようなものが伝わる。ほんの一字の差なのだけれどね)
「唐辛子は体温を上げます。冷え性予防にもなります」
「見た目も元気の出るオレンジ色の鍋。このオレンジ色はだてではなく、身体に良い唐辛子とゴマのパワーがたっぷり」
「どうしてもピリピリが気になるのなら、具に餃子を入れてもらったらいいです。餃子の皮から炭水化物の甘味が出てまろやかな味になります」
 などと添えると
「ふうん。少し辛いが、確かに身体は温まるし、唐辛子もゴマも健康番組なんかでよく話題になっているし、ここのところ寒いから、値下げしている今日、買っておこうか。腐るもんやないし」
 と、こうなる。
 商品のマイナス面を冷静にさらりと認めた上で、プラス面を強烈にピーアールしてオーバーなまでに
プッシュする。これがコツね。

 ちなみに我家の昨日の夕食もタンタン鍋。途中で汁が少なくなってきたので、残っていたキムチ鍋の
もとを足した(どちらも唐辛子入りだから合わせても違和感はない)。
 これをつつきながら、ツタヤのネットレンタルで借りた寅さんシリーズ第三作目を観た。

 鍋の熱気と、寅さんないし寅さんを囲む人たちの人情で心身ともにあたたまりながら、つくづく思った。
「私たちの仕事って寅さんがやっているテキ屋に似ているなあ」と。

 そう!
 料理の腕で売るのではない。口で売るのだ。
 決して下手であってはならないが、まあ、普通に家庭料理が作れる人なら、マネキンの実演はじゅうぶん。最終的には口。

 うまいのは味だけではなく、口もそうでなくっちゃ。
 あらためて認めた、比叡山坂本での仕事だった。