傷だらけの挽歌

 三十数年前だったか。行きつけの古本屋で偶然に手にした「ミス・ブランデッシの蘭」。これが、イギリスのハードボイルド作家ジェイムス・ハドリー・チェイスのデビュー作で、当時の世間に大衝撃を与えた問題作であったことは、本編を一気に読み終えた後、翻訳者の解説文で知った。
 面白い小説だった。
 最後の一行を目におさめ終えたた時の感動は、今もまざまざと覚えている。
 全編を貫く、うねるようなリズム。そのノリの良さの前にあっては、どぎつい暴力描写も、素人がわずか六週間を費やしただけで仕上げた小説技法上の欠点も、気にならなかった。
 
 「傷だらけの挽歌」は、この「ミス・ブランデッシの蘭」の映画化。
 強引に言い切ってしまえば、原作以上の出来映え。最初から最後までポンポンポンと速いテンポでストーリーが進行する反面、映画の舞台である1930年代のアメリカの風俗描写にディティールまでこだ
わり、登場人物の表情や心理もじっくりとあらわされていて、動と静のメリハリ感が観るものをあきさせない。グイグイと引っぱっていく。
 エンターテイメントという観点で、間違いなくこれは「埋もれた傑作」である。

 時は世界不況の最中、1930年代。牛肉王と言われる、アメリカはカンサスの大富豪ブランデッシの
娘を誘拐したチンピラトリオ。それをいち早く耳にしたギャング集団のグリソム一家は、三人を殺し、娘を奪って、身代金をものにする。
 ここでハプニングがおこる。
 ギャングを仕切るゴッドマザーの息子、スリムが娘に一目惚れしてしまい、物語は思いがけない方向に進んで行く……。

 原作同様、映画もドンドンパチパチ。いくら個人の銃所持が認められていて相手がギャングだからと言っても、アメリカの警官は手荒過ぎると思うくらい。
 だからこそ、残虐非道でありながら母親には頼り切るマザコンギャング、スリムと彼が一方的に恋したブランデッシ嬢との哀しい関係が、いっそう浮き彫りにされる。

 ラストは哀しい。
 特にブラッデッシの娘に対する態度ときたら!
 もっとも、あれが「世間」なのだろうか。

 原題 The Grissom Gang 1971年製作・アメリカ 
 監督 ロバート・アルドリッチ 
 出演 スコット・ウィルソン、キム・ダービー、トニー・ムサンテ他