何だか、もうどうでもよくなった。
コンクールで賞をとること。
人に認められること。
究極的には、その道のプロになること。
かなわなくても別にええやん。
そんな気になってきた。
人は皆、日々を、喜び、笑い、怒り、悲しみ、時に蹴つまずくいたり、時にぐうっと天に向かって
身体を伸ばしたり、時に流す涙でずぶぬれになりながら、歩んでいく。
それだけで、じゅうぶん小説やん。
百人いれば、百通りの人生があり、百通りの小説になる。
人は、生きることで、誰しも小説を書いている。
それは、自分にしか書けない小説。
うまいとか、うまくないとか、そういう次元の問題ではない。
うまくてもストーリー的に全くつまらない小説もあるように、うまくなくても、ページをめくる手
がとまらない小説もある。
主人公は私。
他人にどうこう批評される対象ではない。
実は、遠い昔についていた先生。
小説家になりそこなったトラウマをこちらに向けてウサをはらすタイプだった。
作品を提出するたびにぐうの音も出ぬほどに叩かれ、心はボロボロになった。
それが、三年前に、奇縁で師事した作家先生は、正反対。
添削してもらう作品、作品を、
「キレがいい」
「リズミカルだ」
と、ベタほめ。
「書きためていって、本にするように」
とまで言ってくれた。
相性もあったのだろう。
明日から師事する今度の先生はどんな方か。
でも、もう気にしないよ。
主人公は私。
毎日、私にしか書けない小説のページを、行動で書いていっている。
もうそれでいいよ。
まあ、コンクールには今後もチャレンジするけれどね。
それは、賞が欲しいからではなく、自分が納得のいくステージにまで高まりたいからなのだ。
人に認められるためではない。