病に打ち勝てるのは、希望が持てるかどうかにかかっている。

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早いものだ。夫が癌を告知されてから、明日で1ヶ月になる。

 


妻の私も、ようやく厳格な制限がある食事作りをはじめとする夫のケアと仕事のバランスが取れるようになり、一息ついているところだ。

 


それにしても、かつては非告知が当たり前だった癌が告知に変わったのはいつ頃からだろう? これは癌が基本的には「治る病気」になったことの現れでもあるのか? 何せ、現在、2人に1人は癌になるのだから。

 

 

他社所属の仕事仲間に、40代で婦人科系の癌を患った人がいる。抗癌剤その他がもたらす副作用に耐えて回復し、還暦を過ぎた今も現場に立ち続けているが、苦しい闘病生活を支えたのが、子どもさんの存在だったと語る。

「当時としてはかなり遅い結婚だった上になかなか子どもに恵まれず、何年も不妊治療を受けてやっと授かった」だけに、発病時、子どもさんはまだまだ母親の手が必要な年齢。にもかかわらず、月に数日だけとは言えデモンストレーターの仕事をしていたのは、子どもさんがある習い事をしており、その費用を捻出するためだった。

「この子を残して死ねない」

その一心で彼女は治療に取り組み、結果、髪の毛が抜け、体型も変わってしまったけれど、命は取り止め、歩いたり食べたりする日常も取り戻した。

「子どもがいなかったら、途中でくじけてしまったかもね」。

 


子どもさんも子どもさんなりに頑張った。

「習い事の発表会、見に行かれへんかった時は発表会の様子を写した写真をたくさん持って来てね、いろいろ話してくれて、ママ、次の発表会ではこんなのをやりたい、なんて言うねん。ああ、次の発表会も見たいな、とそれが希望になり、そういうことを何度か繰り返しているうちに、癌はおさまった」。

 


癌に限らず病に打ち勝てるのは、究極のところ、希望が持てるかどうかにかかっているのだろう。

もっとも、希望を失わないでいても残念な結果に終わることもあるのだが、、、。

 


写真は、1番上の孫。