
昨日の夫の誕生日のお祝いメニュー。
「山のものと海のもの」をテーマに
・山菜バラ寿司
・しじみの味噌汁
・ブリやマグロなどのお造り
・つばすのお造り
・連子鯛の塩焼き
・若竹煮
を用意。
寿司酢は市販品だし、山菜もスーパーの青果売り場に置かれているミックスものを使った、大いなる手抜きメニューながら、自分なりに満足な味。
特に若竹煮。
自画自賛になってしまうが、絶品もの。
前夜に、コトコト、コトコトと、2時間近くもかけて、タケノコをアク抜きした甲斐があったな。
で、夫が砂糖もみりんも摂取不可だった時には、濃いめにとった出汁に醤油と酒のみで味付けしていたけれど、その縛りがとれた昨年頃からは、再び亡母が作っていた通りに少量の砂糖を隠し味的に使うようになった。
そしたら!
オイシサが増すわ。
風味そのものがぐんと洗練されるわ。
ほんの少し加えた砂糖のチカラで。
砂糖って、かくも偉大なんだ。
砂糖って、最近はあまりよく言われないよね。
特に食にこだわりを持つ人の中には諸悪の根源みたいにとらえている人もいる。
そんな方はご存知なのかな?
砂糖って、遠い昔には医薬品として使われていたんだよ。
要は、何事も、
「過ぎたるは及ばざるがごとし」
ということ。
悪いのは砂糖ではない。
その摂り方であり、量である。
写真は、4月6日に仕事で訪れた、湖北の長浜にて買い求めた「堅ボーロ」。名のごとく、堅い堅い、本当に石のような、だけど、生姜の効いた素朴な甘味がやみつきになるお菓子だ。
これにもそれなりの砂糖が入っているはずなのに糖分はそんなに問題とされないのは、堅いゆえに通常のボーロみたいに噛み砕く方法ではなく(そんなことをしたら、歯が弱い人は折れてしまうかも)、ボーロを含んだ口中で舌と唾液でゆっくり溶かす方法で食べるため、結果として数個食べたら満足してしまい、そこで糖分の摂り過ぎも防いでくれるからなのだろう。